第24話変な雰囲気
食べ放題の時間を少しだけ余して、店を出た俺たちにはまだ少しの時間の猶予が。
「先輩まだどこか行きます?」
「もうお腹いっぱいで動きたくないよ……」
それは俺も同じ。お腹がいっぱい過ぎて、ここから少しでも歩こうものなら憂鬱な気持ちが俺の中に蔓延る気しかしない。
「そうですね……どこかで休みましょうか」
休むところと言っても、その辺のベンチしかないのだ。仕方ない……ベンチで休むか。
「じゃあ、そこのベンチに座って休みましょうか」
俺が指をさしたのはたくさんあるうちの一つの木製ベンチ。
周りには何組かのカップルがいるがそれには目を向けないようにする。今の俺たちにとっては、最も近いベンチで休むということが第一なのだ。
そして二人で一緒にベンチに腰を掛ける。
俺と桜庭先輩の間は約人一人分。近いとも遠いとも言えない距離だ。
俺たちの間をオレンジっぽい街灯の光が差し、隔絶した雰囲気を感じさせる。
「ねえ、ちょっと、九重くん。私たち座るところ絶対間違えたよね……?」
桜庭先輩は首を振りながら、焦ったように言う。
俺も周りを見回してみると、肩を隣り合わせて座っていたり、抱擁を交わしたり、キスメでしている人もまでいた。この辺一帯は完全にピンクの空気。俺たちには完全に息の詰まる空気になっていた。
「確かにこれはちょっと……」
でも今動くと周りの雰囲気を壊してしまうような気がして、下手に立ち上がれない。
「どうしますか先輩?」
俺は先輩の耳に顔を近づけて、小さい声で話しかける。
「これはもう万事休すだね……諦めて、じっとしてよう?」
いやだぁぁぁ!!この空気にあてられそうなんだもん。
あれ?心なしか先輩との距離が少しずつ遠くなっているような気が……。
「先輩、なんか離れてませんか?」
「き、気のせいだよ!」
いや、絶対に離れてる。
「先輩?もしかして意識しちゃったんですか?」
「な、なにを意識したっていうの?」
「それは先輩が一番よくわかっているんじゃないですか?」
「九重くんの鬼畜……」
もういいよ……。俺の学校生活はもう終わったんだから。
だから今はいっぱい先輩をいじることとしよう。
「なんとでも言ってください。先輩がこの空気にあてられて恥ずかしがっているのが悪いんです。あとかわいいのも」
「か、かわいいって……」
街灯に照らされているのに桜庭先輩の顔はそれでも判別できるほど赤くなっている。
俺は先輩との距離を少しずつ詰めていく。
「ちょ……九重くん」
「何ですか先輩?俺は間を詰めようとしただけですけど」
嘘。からかいたくなって近づきました。
「ま、待ってって。一旦とまろう?」
「どうしてですか?」
そういいながらも俺は先輩との間を少しずつ詰めていく。
「な、なにするつもりなの?」
「何かされるって考えてたんですか?俺たちってまだ先輩後輩の仲ですよね?」
「うぅ……。九重くん鬼畜すぎるよ。恥ずかしすぎるって!!」
先輩が声を上げると、周りのカップルたちが一斉にこっちを向いた。
まるでなくなってしまった雰囲気。今の俺たちにはここに居続けるほうが正直厳しい。
「じゃあ、先輩?帰りましょうか?」
「まさかこれを狙ってたの!?」
「どうでしょうね?」
まったくと言っていいほど狙っていませんでした。ただからかっていたら先輩が急に大きな声を出しただけです。
桜庭先輩も周りの俺たちを刺すような視線に気づくと、あたふたとし始めた。
「居心地悪いですよね?急いで帰りましょ?」
俺は先輩の手を引いてそそくさとその場を離れた。
その間、先輩の顔はおそらくずっと赤く染まっていただろう。
◇◆◇
「先輩大丈夫ですか?送らなくても」
「うん。逆方向だし。お母さんを呼ぶから。しかも九重君と一緒の電車乗ったらそのうち痴漢されそう」
しないから……。
桜庭先輩の俺への印象がガラッと変わった一日だった。
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