第12話お茶の魔力
徒競走が始まってからというもの熱気は増していく一方であった。
「あ、あちぃ」
まだ特に仕事があるわけでもなく、競技があるわけでもないのでただ待つことしかできない。
「あついねぇ~ね?凪?」
すると、桃色の髪が目に入った。
「ほんとですね小鳥先輩暑くて仕方ないです」
そう言って小鳥先輩の方を見ると、ある物体に挟まれて顔が見づらかった。
その物体とは小鳥先輩の胸だった。
でっか......
朝会った時にはさほど気にしていなかったが、体操服姿で制服よりも一層胸が強調されて、かなりの視線を集めているようだった。
「凪、なんかここ居心地悪いから移動しない?」
沢山の視線に気が付いたんだろう。
小鳥先輩は周りを見回しながらそう言った。
さっきまで小鳥先輩を見ていた人達はいつの間にか違う方向を向いていて、少しだけ決まづそうな顔をしている。
「はい、行きましょうか」
俺は彼女の後ろについていき、人の少ない木陰に着くと小鳥先輩は校庭の方をずっと見ていた。
それに合わせて俺も校庭の方を見る。
「ねえ、こういうイベントって楽しい?」
「え?まあ、俺は楽しいと思いますけど先輩は違うんですか?」
「うん。運動はあんまり得意じゃないし、この胸のせいで視線だって集めるし、しかも痛いし......あんまり友達もいないしね」
重い話だった......
しかもなぜ俺に......
「体育祭はあんまり好きじゃないって人も多いですからね......俺と適当におしゃべりするとかじゃあだめですか?」
「それがたのしいならいいよ?きっといい思い出になるだろうし」
「俺に面白い話とかは無理ですからね。それでもいいんならお互いの出番までおしゃべりしましょ?」
「うん!」
俺は手に持っているペットボトルを一口飲んだ。一応長くなった時の為に持ってきていたのだ。
「あっ」
すると小鳥先輩は何かに気が付いたような声を出す。
「どうかしました?」
「凪......それ私のお茶だよ......」
「えっ!」
俺は急いで、さっきまで自分のお茶が置いてあった方を見る。
そこには俺がとったのは俺と小鳥先輩の間にあるお茶で俺が元々置いていたのは、二人の間には置いたものではなかった。
「ご、ごめんなさい」
「う、ううん。大丈夫」
「あ、俺買ってきますね!」
「いや、ほんとに大丈夫だから!」
俺が応援席の方に足を進めようとすると、小鳥先輩は服の裾を掴み止めてくる。
「いやでも......俺が口づけたペットボトルは嫌じゃないですか?」
「嫌じゃないから!」
小鳥先輩はそう叫んで、俺の手からペットボトルを奪ってその口を開ける。
そして止まることなく口をつけて喉を鳴らした。
「ほら!大丈夫でしょ?」
そういう小鳥先輩の顔は真っ赤になっていた。
「先輩顔真っ赤ですよ?」
「こ、これは!暑いだけだから......」
「そうですか。じゃあ先輩こっちも飲めますよね?俺も先輩の飲んじゃったわけですしこれを飲んでくれればおあいこですから俺の気も晴れます」
そう言って俺は自分のお茶を差し出す。
「も、もちろん飲めるわよ。ほら貸して」
俺は彼女の手に渡ったペットボトルを凝視してしまう。
ほんとに飲むのか?
小鳥先輩はペットボトルの蓋を開けると、何秒か口のところを凝視してぁら恐る恐る口に含んだ。
「はい、おあいこ。凪くんも飲んでいいよ?」
小鳥先輩が飲んだ後のペットボトル......
あれ、形勢逆転されてない?
とりあえず俺はペットボトルの蓋を閉めた。
「あれ?凪くんは飲まないの?熱中症になっちゃうからしっかり飲んだほうが良いよ?私が口を付けた後のが嫌なら飲まなくてもいいけど」
「小鳥先輩ずるいです」
「凪くんが一口飲めばいいだけじゃん?」
「そ、それはそうですけど......」
先輩は上から目線を崩さない。
くそっ。飲むしかないのか。
俺はゆっくりとペットボトルの蓋を開ける。
そして、だんだんと口に近づけていく。
やがてペットボトルと唇の距離はゼロになる。
「おーい凛!!もうすぐ競技始まるよー!」
その声で俺はむせてしまった。
だってその声は七海先輩のものだったから。
「分かった~今行くよ~」
その声に小鳥先輩が呼応する。
そして小鳥先輩はもう一度こっちに意識を戻し、俺の耳にこう囁いた。
「自分のお茶なのになんでむせちゃったのかな?もしかして、私との間接キスって意識しちゃった?凪くんも男の子だね。あと、胸をちらちら見てるのも気が付いて
るからね?」
小鳥先輩はそのまま七海先輩の方に走り出し、こちらに振り返っていたずらっぽい満面の笑みを向けた。
「凪!楽しかったよ!ありがと!」
俺は力のなさげな笑みを返して軽く手を振った。
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