第10話緑組


「先輩もう着きますよ」


俺は唯花先輩の耳元でそう囁き、柔らかいほっぺをつついた。


「んむぅ?なぎくん?えへへ。なぎくんだぁ~」


唯花先輩は俺を見るなり、頬ずりをしてきた。

まるでその様子は犬のようだ。


「ちょ、唯花先輩。電車の中ですよ?」

「ふぇ?電車?ほ、ほんとだ!ごめんっ!

「いいですよ。降りましょうか」

「わ、分かった......」


俺たちの間に流れる空気はどこかよそよそしくなってしまう。

ていうか、さっきの唯花先輩......可愛すぎね!?

甘えられるってこんな感じなんだなぁ。

なんかいいかも。

唯花先輩の方を見てみると、耳まで赤くして俯いていた。

あんなふうに甘えてくる唯花先輩なんて初めて見た。

「鉄壁の立花」なんてほんとに呼ばれていたのだろうか。

そう思ってしまうほど、官能的なものだった。


「出口逆でしたね。じゃあまた」

「う、うん。またね」


そうして、俺たちは別れそれぞれの帰路についた。



◇◆◇



今日は体育祭当日。暑い日差しがギラギラと照りつけていて、皆の熱気もさらに増していた。

体育祭のチームは誕生日別になっていて、四月から六月が赤。七月から九月が青。十月から十二月が緑。一月から三月が白。

そういう分け方になっている。

そして、俺の誕生日は十月二十二日だから緑。

クラスは一色に統一されているわけではなく、四色に分かれていて、今はまだ、和気あいあいと、話している。

俺は仕事がいくつかあるので早めに校庭に移動して、生徒会の皆と合流した。


「おはようございます」

「おはよう~凪くんも緑なんだ~練習の時全然見かけなかったから違うもんだと思ってたよ~」

「七海先輩も緑ですか。やらかさないでくださいね」

「や、やらかさないよ......多分」

「今年も絢はやらかすの?」

「あっ、小鳥先輩おはようございます。七海先輩が去年なんかやらかしたんですか?」

「おはよ。うーん、例えばお昼忘れたり、走ってる途中で靴が脱げたりしてたよね?」


冗談っぽくないいたって真面目な雰囲気で小鳥先輩はそう言った。


「え?ほんとですか?」

「去年は絶対に誰にも言わないって言ったのに!凛の嘘つき!」

「嘘つきって......子供じゃあるまいし」


小鳥先輩が呆れた表情を浮かべながら言う。

ほんとのことみたいだ......この様子だと今年もやらかしそうだな。


「そういえば凪も同じチームだね!よろしく」

「はいっ!よろ――「凪?呼び捨て?凛はなんで凪くんの事呼び捨てにしてるのぉ!?」


俺の言葉を遮りながら七海先輩が割り込んでくる。


「LINEで凪って書いてたらなんだか慣れちゃって」

「ふ、二人はLINEしてるの?二人とも私に連絡しかしてくれないのに......?」

「なに?絢。もしかして凪とLINEしたいの?」

「したい!後輩とLINEとかすごい憧れる!!」


てっきり強がって「別に?」とか言うもんだと思っていたら、思ったよりも直球な答えが返ってきた。


「わ、わかりました。じゃあまた後でLINEしますから!」

「やったぁ!」


七海先輩はほんと自分の欲望に正直なんだな......


「そろそろ集まりそうだから行こ」

「はい!」


小鳥先輩の後ろについていく。

なんだか小鳥先輩の背中って安心するなぁ。

そんな気持ちの悪い思考を持ってしまった。

逆に小鳥先輩の隣を歩く七海先輩は全然信用ならない。


「あっ!!」


その声が七海先輩の方から聞こえる。

俺はその方向に視線を向けると、片足立ちで立っている七海先輩と目が合った。


「えへへ......靴脱げちゃった」


七海先輩への信頼度が俺の中でさらに下がった気がした。



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