第4話七海先輩
俺の生徒会をやめるという話がなくなって、生徒会室にはどこか弛緩した空気が流れていた。
その空気を引き締めるように唯花先輩が声を出す。
「体育祭が私たちの初仕事となるので資料にある自分たちの仕事を確認しておいてください。大体は体育委員会が主体になって活動するので私たちの仕事はその運営のサポートといった感じですが......」
そのまま解散となったが、配られた紙をしまおうとして教室にクリアファイルを忘れてしまっていることに気が付いた。
一年生の教室は五階で取りに行くのも一苦労だ。
俺は一日の授業で疲れた重い体を動かしながら階段を上っていく。
吹奏楽部の演奏や軽音部のギターの音色が良く反響して俺の耳に届いてくる。
毎日よく頑張るよなと他人事のように考えながら教室の戸を開いた。
まあ、実際他人事なのだが......
クリアファイルに紙を入れてそれをバッグに入れる。
上るのに比べたら数段楽な階段を下ると、廊下を吹き抜ける風に髪をなびかせながら歩く七海先輩の姿があった。
「七海先輩お疲れ様です」
「あ~凪くんお疲れー」
見た目の清楚できりっとした感じとは裏腹にゆったりと喋る七海先輩。
いきなり凪くんと下の名前で呼ぶことに抵抗はないのだろうか。
「凪くんって電車使って帰るの?」
「はい、俺は電車使って帰りますよ」
「なら一緒の帰ろうよ~ここであったのも何かの縁だし」
「わかりました」
初対面ではないとはいえ、七海先輩と対面して話すのは初だ。
別に人と話すのは苦手ではないが、初対面では共通の話題とかもわからないし、当り障りのない話題を出す能力は俺にはない。
隣を楽しそうに歩く七海先輩はまるでこの空気を楽しんでいるようにさえ見えて、不思議な人だなと思わせられた。
「凪くん」
「は、はい?何ですか?」
突拍子もなく話しかけて俺の体は一瞬だけビクッと強張る。
「生徒会をやめようとした理由って聞いてもいいかな?」
唯花先輩が皆に伝えている様子はなかったが、俺の肩身が狭くならないように気を使ってくれたのだろう。
「そんな理由?って言われそうですけど男子が一人っていう環境を俺が勝手に重く考えてしまって、そんな状況じゃあやっていける気がしなかったので辞めさせてくださいとお願いしたんですよ。まあ、由都さんに止められちゃったんですけどね。上目遣いに涙目っほんと反則ですね。身をもって実感しました」
「つまり、凪くんを落とすには上目遣いに涙目をすればいいってこと?」
「先輩今何聞いてたんですか?」
少しだけ七海先輩をにらんだ。
「まあまあそんな怖い顔しないで。軽いジョークだってこれから絡みやすくするためのね」
そしてウインクをしてきた。
「七海先輩ウインク下手っすね」
「なぎく~ん。そんなこと言わないでよぉ」
七海先輩は俺の服を引っ張ってきてまるで泣きついてくる子供のようだった。
「はいはい、ごめんなさい。そんなことしてたら視線集まるんでやめてください」
学校を出るのが遅かったとはいえ、同じ高校の生徒はちらほらといる。
そんなことで噂やらを立てられたらたまったもんじゃないだろう。俺も。先輩も。
七海先輩がくだらないジョークを何度も言うもんだからその度につっこんでいるのも疲れてしまった。
「あの、七海先輩?生徒会のみんなはどうして俺が入ってきたときに驚いてたんですか?」
「あ~あれね。ほら唯花ちゃんってあのスタイルであの顔じゃん。一言で言うとエロいじゃん」
七海先輩の口からエロいなんて言葉が飛び出すとは思ってなくて、瞬きを意識的に何回かしてしまう。
「まあ、それで電車なんて乗るから、まあ痴漢に遭うじゃん?」
七海先輩はが軽々しく言うもんだから事が重大に感じられない。
「まあ、それからというもの男嫌いが加速して言った感じなの。まあ、視線でわかるって言ってたし、変な視線を向けてこない人とは普通に話すらしいんだけどね」
電車って怖いなと思った。あと唯花先輩に変な視線を向けないようにしないと......
「私が生徒会に誘われたときは、由都ちゃんと凪くん以外のメンバーは聞かされてたから全員女の子になるんだろうなって思ってたの。それがびっくり蓋を開けてみれば唯花ちゃんの後輩の男の子がってねなっちゃったわけよ」
その理由を聞かされて俺もやっと納得することができた。
「じゃーねー私こっちだから」
七海先輩は駅のホームへ走っていく。
俺も駅のホームへの階段を下る。
「えっ!なんでこっちなの?」
「唯花先輩も普段こっちに乗ってるでしょう」
「そうだった......」
七海先輩は天然だなと思った。
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