第34幕

弾着の衝撃で叩き起こされる。

気づけば自分のへそから上が無い。

……もうおいでになったか。

足だけで立ち上がり、欠損した部分を生やして伸びをする。

「……さて、何が来たのかなっと」

作り直した目を開くと、3両の戦車がぼくに照準を合わせていた。

「……うっわ……これは思ったより……」

間髪入れずに放たれた第2射を飛び退いて避ける。

それを追尾して別の1両が撃つ。

弱い熱線で相殺する。

爆風に突っ込んでその向こうの1両に乗る。

硬質化させた腕でハッチをこじ開けようと乱暴に引っ張る。

……できる限り、人を殺すのに熱線は使いたくない。

もちろん武器としての強さは申し分ないのだが、問題は心証的な面だ。

……昨日何度か熱線で殺した。

そのときに、これはいけないと思った。

殺した感覚が無いのだ。

相手の命を奪った感覚。

ぼくが殺したという確たる証拠。

そんな「手応え」も無しに安易に消してしまうことだけは、決してあってはならないと思ったのだ。

力に負けてべりべりとハッチがはがれる。

「……やあ、どうも」

その中を覗き込む。

と、横から機銃で身体を穴まみれにされる。

修復と同時にその銃を狙って熱線を放つ。

狙いが甘く、ついていた砲手までもが消し飛んでしまう。

だから使いたくないのに……。

歯噛みしつつ自分の乗っている車両の方を振り返る。

乗組員の1人が身を乗り出し、大きなスパナを振りかざしている。

その腕を掴んで逆向きに捻る。

「うぐあっ……!」

関節を極めたままぐっと顔を近づける。

「……君……きれいな目をしてるね」

「なっ……何だと?」

「いや、別に……。

なんとなく、そう思っただけ」

本当に直感が発した言葉だった。

その瞳は燃えるように赤く澄んでいたのだ。

殺すのは惜しいような気さえした。

「……さよなら」

「今だ!撃て!」

「…………!」

危険を感じて反射的に下唇の内側を噛みちぎり、その肉を遠くに吐き飛ばす。

次の瞬間、ぼくの身体は吐いた破片を除いて全て消滅した。

身体を再構築する。

見ると、その戦車の上半分が無くなり、コックピットのあった辺りからは足の断面が覗いていた。

「…………え?」

思わず言葉を失う。

死ぬのが怖くないとでも……?

その「理由」を追い求めるように、ぼくの意識が残された彼の足に吸い寄せられていく。

運良く若干右に逸れた砲撃が、ぼくを現実に引き戻す。

直撃しなかったとはいえ右の肘から先が消滅している。

……そう、消滅しているのである。

爆発でも、切断でもなく、消滅。

破片も残さず無くなっている。

……これはどんな技術だ?

詳しいことはよく知らないけど、物体を完全に「消滅」させることは、人間の科学の力では不可能なはずだ。

この世界ではそんなことまでできるのか?

「異世界だから」と言われてしまえばそれまでだけど、第5界にあまりにも似ている中でのこの兵器には、どうも違和感が大きい。

考える間もなく次が飛んでくる。

受けるのはまずいので回避する。

「……そう簡単にはいかない、か」

ぼくの持つ能力はあくまで無限の細胞分裂だから、細胞の1つも残さずに消されてしまえば再生は不可能……つまりは死ぬ。

……まさか、それを知っての対策か?

昨日は再生能力も見せたから、それに対抗するためにこれを用意した可能性だってある。

人間だからと侮っていてはぼくが……。

2両目に飛び乗る。

砲身を力ずくで真上にひん曲げる。

ハッチに手をかける。

もう1両が撃つのを察知して、咄嗟に頭を引っ込める。

後頭部が削られる。

今度は抉れた肉片が残っている。

消滅を引き起こす弾には数的な制約があるようだ。

耐え抜けさえすればほとんど確実に勝てると思われる。


……でも、ぼくはそのとき、自分の全神経に戦慄が走るのを感じた。

それは久しく忘れていた恐怖。

彼らには、一切の躊躇が無かったのだ。

いくら自分の砲撃精度に自信があろうとも、味方に当てる可能性もある中で迷わずに撃つというのは、並の神経ではできないことだ。

それを為し得るのは、味方同士がどこまでも信じ合っているときと……相手を本気で殺そうとしているとき。

……彼らは本気でぼくを殺そうとしている。

仲間の死のリスクを背負ってでもぼくを殺すんだと、彼らは本気で思っている。

……軍人ならこんな覚悟は全員持っているものなのだろうか?

その精神はどこから生まれ来るんだ?

洗脳的なスパルタ教育の賜物なのか、それとも何か別の……。

……いけないな。

殺す相手のことを考える余裕なんてぼくには無いはずだ。

ぼくに思慮なんかいらないんだ。

ぼくはただ殺せばいいんだ。



……驚かされた。

戦車以外にも、街の跡地の周りにはかなりの戦力が集められていた。

塹壕からの狙撃や手榴弾……地雷まで埋められていた。

見た目はただの人間なのにいささか派手すぎる気もするけど、被害規模と昨日の惨状とを考えれば、妥当と言えば妥当かもしれない。

そんなことよりも、たった一晩で、かつぼくが気づけないほど静かに、ここまでの戦線を作り上げた技術力だ。

常識的に考えればそんなことあり得ない。

……一体どうなってるんだ?

でもその一方で、航空技術などの分野においては第5界よりもかなり遅れているらしい。

その証拠に、命がけの猛攻の中でも空爆だけは行われなかった。

核の1つでも落とせばぼくなど容易く消せただろうに、荒れ地を更地にしてクレーターを穿つことをしなかったのは、倫理的な問題によるものだとは言い切れない。

文明が大空を目指さないことだってあるんだろう。

……ぼく個人の感覚としては、それが余計に「消滅」弾への違和感を煽るんだけど。

とにかく、戦闘機や核兵器の類いは一切使われなかった。

……そして彼らに、ぼくは殺せなかった。

ぼくはその一軍を半日で壊滅させた。

危ない瞬間は何度もあった。

囮などを用いた戦術には悩まされたし、完全に消されかけることも少なくなかった。

余裕のある闘いでは決してなかった。

でも結果は結果だ。

生き残ったのはぼくだ。

生き残ってしまったのはぼくだ。

……みんな強かった。

死ぬ寸前まで、怯えた顔1つせずに果敢に闘っていた。

むしろぼくの方が彼らに怯えていた。

でも結果は結果だ。

生き残ったのはぼくだ。

生き残ってしまったのはぼくだ。



幾重もの包囲網を破ったずっと先、目を見張るような大都市は、その明かりを死んだように消していた。

……人間の気配がほとんど無い。

どこかのタイミングで住民を避難させたのだろうか。

店先にモノが散らばったままになっているから、唐突な判断によって混乱が発生していたとも思われる。

それでいてここまで避難が完了しているのは素直にすごいと思う。

人々が指示を受け入れて素早く行動したというのもあるんだろうけど、それだけではおそらく足りなかった。

「……これが……彼らの、戦果か」

それを知ることもできないけれど、彼らはこれで満足なのだろうか。

これが彼らの……。

「…………あれ?」

通りに面した現代的なアパート、真新しい壁の3階に、ぽつんと1つだけ、一番星のような微かな光をこぼす窓があった。

中からわずかにヒトの気配もする。

……逃げ遅れたのだろうか。

だとしたらどうして?

あの中にはどんなヒトがいるんだろう?

明かりの照らす部屋に興味が湧いてくる。

火に寄り集まる虫のように、ささやかな好奇心に従って、そのアパートの前まで歩いていった。

錆の無い冷たい手すりをつたって、なるべく音を立てないように、ぼくは外付けの階段を上った。

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