第33幕
銃口。
たくさんの銃口。
黒く冷たい銃口。
少し震えている銃口。
「そこで止まりなさい!
両手を挙げ、後ろを向いて膝をつきなさい!」
未知への恐怖を悟られまいと、張り上げられる太い声。
指示に従うと、警官らしき9人の男女に素早く取り囲まれる。
7人がぼくの頭に銃を向け、残りの特に力の強そうな2人がぼくの腕を後ろに回す。
「絶対境界不正通過罪で現行犯逮捕!」
そう言って金属製の重い手錠をかける。
「……撃たないんだね」
てっきり座った瞬間に蜂の巣にされるものだと思っていた。
……存在自体は知っていても、危険度までは伝わっていないということか?
少なくとも彼らは、ぼくを9人と9挺と手錠だけで制圧できるものと見積もっているようだ。
「ブタ箱には入ってもらうがな……。
罪をみっちり償うがいい、この野蛮人めが」
……差別感情は本物らしい。
ありがたい話だ。
「そうかい……。
ねえ、それよりさ、ぼくについての情報が君たちにどのくらい伝わってるのか、教えてくれないかな?」
「……何のことだ?」
「君たちはぼくを逮捕するためにここに来たんでしょ?
だったら当然、最低でもぼくの出現の一報は君たちに届いているわけだ。
ぼくが聞きたいのはそれ以外の部分……例えば、ぼくの特徴とかそういうの。
何か聞いてない?噂レベルでもいいからさ」
自分がどの程度認知されているのかを知っておきたい。
「さあな。
どうやったのかは知らんが、蛮族のガキが境界をはるかに越えて我々の領域に侵入した、だから逮捕する、それだけのことだ。
……そういやお前、『噂』とやらによると何人か殺したらしいな?」
「ああ、それは知ってるんだね」
正確には21人だ。
「じゃあどうして、これしきの警備しかしてないの?」
「……あ?」
「だから、呑気に『逮捕』なんてしようとしてる今この瞬間に、君たち自身が殺される可能性を考えてないのかってこと」
疑問を素直にぶつけると、ぼくを取り囲む者の1人、ショートボブの女警官がくすくすと笑った。
「あなたねえ、悔しいからって強がるのもほどほどにしなさいな。
その手錠がかかったままじゃ、『魔法』とかいうのも使えやしないんでしょ?」
後ろの手錠に視線を送る。
表面は緑がかっていて、鉄やアルミなどの普通の金属とは全く違うように見える。
おそらく「魔法」の力を抑制し、あるいは封じられる特殊な素材でできているのだろう。
「ふーん、そっか……」
単純な数の差以上にこんなものまで……。
なるほど魔法勢力が苦戦するわけだ。
逆に、そんな状況下でもなお一大勢力を保てているのだから、「魔法」という力も余程強力だと言えよう。
「ほら、分かったならとっとと立って歩く!
私らだって暇じゃないんだからね」
片膝を立てて立ち上がる。
「なるほどね……。
ありがとう、いい情報だったよ。
うまくできるか不安だけど、なるべく痛くないように殺してあげるからね」
「……は?
お前、何を言って……うわあっ!?」
翼を巨大な手に変えて、後ろに立っていた男を掴んで持ち上げる。
「……翼が!?
何だよこれ、聞いてねえぞこんな……」
握り潰す。
強烈な断末魔の叫びと共に、限界を上回る力で圧迫された身体が、人間の形を失ってトマトソースのような「中身」を地面に撒き散らしていく。
骨盤まで丁寧にへし折り、ようやく引き金を引いた警官たちにそれを投げつける。
その間を縫って飛んできた弾丸を、硬質化させた翼で弾く。
「うぐっ!?」
跳弾で1人負傷したらしい。
構わず両腕に力を込める。
手錠を引きちぎるつもりだったのに、硬質化を忘れたせいでぼくの手首の方が先に壊れてしまう。
仕方なく右手を切断し、代わりを生やして拳を握る。
向き直ると、混乱して発砲する気力さえ失くしたのか、全員が呆然と口を開いていた。
「……何なんだよ、お前……」
言葉を漏らした者に目を遣り、こめかみを掻いて答えを探す。
「……ぼく?ぼくは……」
誰かが生唾を飲む音が聞こえる。
「……ごめん、ぼくにもよくわかんないや」
彼の目の前にほぼ一瞬で接近する。
「さよなら」
掌打で鼻から上を削り取る。
2人目の死で我に返ったのか、残りがそれぞれ行動を再開する。
「この化け物があっ!」
乾いた銃声が全部で15発。
そのうち当たったのは9発。
弾を身体から抜いて傷口を修復する。
3人目の背後をとり、首を右腕で固定する。
「……君は3発中1発、当たったのは右の脇腹だ。
もっとリラックスした方がいいかもね」
「あ……が……」
「さよなら」
一気に絞め上げる。
4人目を蹴倒して腹を踏む。
「君は4発中3発、当たったのは左胸と、右の肩と太ももだ。
なかなかいいウデしてるよ」
「……ちぃっ!」
「さよなら」
顔面を踏み潰す。
……さよなら、さよなら、さよなら。
「……ほ、本部!こちら中域機動第3班!
至急増援を……え?
はい、その任務ですが……いえ、目標が!
何か想定外の、とてつもない力を……。
とにかく早く増援を!
……お願い、助けて……!」
「……どうだい?
『野蛮人』にコケにされる気分は」
気の強そうな細い眉がハの字に曲がっていて痛々しい。
「い、イヤ……!お願い、私、まだ……!」
腰を抜かして後退りしていく。
ゆっくりと歩いてそれを追う。
「……ごめんね。
ぼくだって、殺したくて殺してるわけじゃないんだけど……」
「だったらどうして!?」
「……どうして?
……自分の死に、理由が欲しいの?」
「当たり前よ!
なんで私が、こんな時に……」
「……そっか……そうだよね。
……うん、きっとそうさ……」
彼女たちには一切非がないのに、ただ生まれてきただけなのに……。
「…………ねえ、どうして、泣いてるの?」
「……さよなら」
硬く冷たい手刀を振るう。
今度は一度できれいに切れた。
……さよなら、さよなら。
結局、「増援」とやらは丸1日来なかった。
連絡にかかる時間や住民の避難、多方面への被害対策等を考慮するなら、どうしようもない面が大きいのだろう。
対応の遅さを責めたり嘲笑ったりするのはお門違いだ。
だけど、ぼくは「化け物」なのだから、それを待ってはいられない。
……今日、街を1つ潰した。
数えてはいないけど、住民の過半数は殺した。
建物もほとんど壊した。
ここにはもう、ぼくしかいない。
どっちを向こうと誰もいない。
昨日までのありふれた日常は、その面影さえ残していない。
車の消えた道路の真ん中に寝転ぶ。
「……そろそろ……だな」
今日の1件で、ぼくという脅威はより広く認知されることになるだろう。
単純に犠牲者数を見ても段違いに増えたし、ぼくの能力の片鱗も晒した。
本勢力がやって来るのも時間の問題だと思われる。
本格的な闘いが……いや終わらない虐殺が、とうとう始まってしまうのか……。
……大丈夫、ぼくならやれるさ。
今のぼくになら殺せるさ。
繰り返し自分に言い聞かせる。
溜まった酷い疲れを感じて、真っ赤な右手で目を覆う。
びちゃっと両目の周りが汚れる。
そのまま髪の毛にまで塗りたくる。
仰向けにだらりと四肢を投げ出す。
その日はひどく曇っていて、空の星さえよく見えなかった。
「…………会いたいよ」
真っ暗な風の無い夜に、ぼくのかすれた小さな声が、煙のように溶けていった。
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