第31幕

托卵。

卵の世話や子育てを、他の個体に肩代わりさせる習性。

この托卵によって生まれ育つ、カッコウのような生き物を、ぼくは宿り先に選んだ。

これを選んだ理由は、鳥になって自由に空を飛んでみたいから……などといった可愛らしいものでは無論ない。

単純に、親殺しはもうごめんだからだ。

自分を産んでくれた母親を殺すとき、どう言葉をかけていいかわからないからだ。

やっぱり「殺したくない相手」は最初から作らないのに限る。

……いずれ何らかの形で親鳥を殺すことになるかもしれないけど、そのことにぼくが気づかなければ問題ない。

とにかくより多く殺せれば、そしてより多くの魂を第6界に送れればそれでいいんだ。


卵の中は、ぶ厚い殻で外界と遮断されているのでとても暖かい。

冬の朝の布団のように快適で、いつまでもここにいたいという気持ちさえ湧いてくる。

だけどずっとこうしてはいられない。

殻に入ったまま鳥(?)としての肉体を放棄し、「ぼく」を露呈させて身体を構築していく。

卵の殻が一瞬にして四散し、外の世界が目に飛び込んでくる。

「あ…………」

そこは高い高い木の上だった。

正確には、地平線の辺りの小さな町が望めるほどの高木に、小枝を集めて作られた巣の中だった。

当然、ぼくの重みに耐えきれずに身体が巣ごと滑り落ちる。

5秒ほど落下し続け、ようやく地面に叩きつけられる。

ばらばらになった身体を修復して立ち上がると、周りには同じ巣で孵るはずであったいくつかの卵が無残に砕け散っていた。

そういうわけで、ぼくが第11界で最初に殺したのは、運悪くぼくと巣を同じくした、血の繋がらないきょうだいだった。



滅ぼすとなれば、まずはこの世界について知らなければならない。

大勢力の配置やその関係性の概要をある程度把握しておけば、上手く利用することでより効率的に人々に死をもたらすことができるだろう。

逆に、力任せに暴れ回っているようではぼく自身に危険が及ぶし、もし仮にぼくがこの世界で一番強いのだとしても、人間たちに下手に団結されでもしたら苦戦は必須だ。

……本当は神府にいる段階で調べるべきだったんだろうけど、あの時は感情的になりすぎていた。

少し反省が必要だな。

適当な茂みの中で老人から奪った端末を操作し、第11界の歴史と現状とを表示させる。

この世界の文明の歴史は決して浅くないはずなのに、書かれていた内容は驚くほど希薄だった。

第11界そのものに対して神々がいかに無関心であったかが窺える。

再燃する腹立たしさを抑圧しつつ、脳内で世界の大まかな様相を構築する。

細かい地域区分や国による多少の違いこそあれ、この世界は大きく2つの勢力に分けられるようだ。

一方は科学が高度に発達した勢力。

論理的な見識や工業などの技術を武器に自然を開拓し、豊かな暮らしを営んでいる。

第5界の、特に先進国に近いイメージかもしれない。

もう一方は自然との共存を第一とする勢力。

科学の発達は早い段階で放棄し、最低限の工業技術で生活している。

かといって生活自体に不便は無く、それを可能にしているのが、彼らの持つ「魔法」の力である。

「魔法」のシステムは、神々やぼくたち化け物が有する「エネルギー」の概念と同様に少々特殊なもので、人間の科学では説明がつかない。

魔法勢力はそれを良しとし、「天から与えられた不思議な力」として享受している。

この二大勢力の関係性については、お世辞にも良好とは言えないようだ。

科学勢力には、人智を超えた力を操る魔法勢力を、得体の知れない相手として恐れると同時に野蛮だと軽蔑する傾向が強い。

魔法勢力は魔法勢力で、自然を道具として扱う科学勢力の生き方が受け入れられず、両者の思想には根本的な摩擦がある。

実際、資源の獲得などと直接的な理由はさまざまであるものの、科学勢力の国々は魔法勢力に対して度々戦争を仕掛けており、じわじわとその版図を広げているとのことだ。

「……おかしな世界だな」

誰に聞かせるわけでもなくぼそっと呟く。

どう考えても、あいつらの都合がこの世界からは見え透いている。

大量の魂にモノを言わせて、科学と魔法という2つのアプローチを同時に試し、適合した方を生き残らせるという数撃ちゃ当たるの精神に基づいた暴挙。

子どもの考えそうな戦略である。

……まあ、不満を言っていても仕方がない。

ぼくが今考えるべきは、この世界をどう滅ぼすか、だ。

幸いにも、この奇妙な二項対立はぼくの目的に味方する。

潜在的な敵意を持ち合う両者であれば、多少の刺激を加えるだけで大いに闘ってくれるだろう。

細かな事情こそ違えど、似たような事例をぼくはいくつか知っている。

第5界において1600万人もの死者を出したと言われる第1次世界大戦の引き金は、たった2人の人間の死であった。

その不幸な死は、溜まりに溜まった摩擦やいがみ合いに火を点けて、ヴェルダン、ソンムの戦いに代表される凄惨な塹壕戦を各地にもたらした。

それと同様に、短い停戦下にあるこの世界においては、ちょっとした混乱が世界規模の戦禍を生む可能性が高い。

地図によると、ぼくは現在科学勢力の領域の北東部、穀倉地帯の一角にいるらしい。

ここから真っ直ぐ西へ向かうと、2、3の山と大小の国々を経て二大勢力の境界に至る。

派手に殺し回りつつ西進すれば、「ずっと潜伏を続けていた魔法勢力の一角による反乱」を両者に向けて演出できるだろう。

この借り物の力でもって少数派の魔法勢力に勝機を感じさせ、燻った戦意や内に秘めた憎悪を一気に煽るのだ。

幸いそこには翼のある種族も住んでいるというので、面倒な印象付けや大掛かりな声明の発表は不要。

科学勢力としても、唐突に現れた相手の新たな戦力とその強さを見過ごすわけにはいかず、何かしらのアクションを起こすに違いない。

両者を開戦に誘導した後は、劣勢が予想される魔法勢力側について闘い、どちらも降伏せずかつ停戦もしないような戦局に調整すればいい。


……そんなに上手くいくものだろうか?

かつて、あのミューデでさえも戦争の誘発には失敗していた。

二勢力間に明確な確執があるという点で第6界と事情が異なるとはいえ、自分が何か、恐ろしく重要なこと見逃しているような気がしてならない。

万が一煽動できなければ、あるいは……。

生きとし生けるものを全て敵に回し、たった1人で世界中に死体の山を築く自分の姿をぼんやりと想像してみる。

最終的に1人になるのはわかっていても、どうも実感が追いつかない。

地平線の向こう、どこまで行っても1人ぼっちで……。

……良くないな。

こんなことを気にしているようじゃ、虫の1匹も殺せはしまい。

指を使って無理矢理口角を上げてみる。

自分が悪の帝王だとか、ゲームのラスボスみたいな強者にでもなった気が、多少はしないでもない。



巣を形作っていた小枝を踏んで立ち上がる。

目の前の小道をトラクターが通りかかる。

ハンドルを握る、日に焼けた体格の良い男がちらっとこちらを見る。

車体を寄せ、不審そうにブレーキをかける。

……それもそうか。

こんな不自然な格好、気持ち悪いとしか言いようが無いわな。

彼に話しかけられる前に、ぼくは右手でその頭を吹き飛ばした。

ぞくっとするような、生ぬるい脳漿のぬめりが指の間にまとわりついた。

……ぼくはあいつらに、自分にはもう躊躇が無いと言った。

でもそうじゃなかった。

ぼくはただ、躊躇することからも逃げ出しただけで……。

……それ以上、ぼくは考えなかった。

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