第29幕
その「記録」は、とある男の名前を中心に据えていた。
クリーブス。
長きに渡って神府第6界支部を統べてきた大御所で、現在はこれまで高度な生物が存在していなかった第11界支部のトップに立ち、大規模な改革を進めているらしい。
どうしてそんな人がここに……と思いつつその下のグラフを眺める。
2本の折れ線は、ある時期を境に本部から第6界支部への新しい魂の供給量ががくっと下がり、同時に第6界における死産、流産率が跳ね上がったことを示していた。
……そうだ。
ぼくが転生することになったきっかけもこれだった。
魂が無いと人間として成立できないとあの人も言っていたから、ほぼ同時期に死産や流産が増えるのもうなずける。
……そしてよく見ると、それらの変化のタイミングは、クリーブス氏が移行期間として第6界と第11界の長を兼任していた数ヶ月間とぴったり重なっていた。
……これって……。
いや、でもまだ…………。
一抹の疑念とともに視線を移すと、次に挙げられていたのは数多くの証言。
匿名のものも多いとはいえ、2つの世界を跨いで幅広い業種の神々からかき集められたそれは、繋ぎ合わせることで明確に……残酷なほど明確に、第11界関係者による悪辣な不正を示唆していた。
その内容とは、第6界に供給されるはずの魂を輸送作業の段階で横流しし、第11界の備品として利用するというもの。
これまでほとんど手つかずだった第11界に人間を定着させ、かつその文明を発展させるために必要となった膨大な量の魂のうち、本部からの供給では不足する分を第6界から吸い上げていたというのだ。
主犯はおそらく……というか確実に、クリーブスその人だろうと彼女は結論づけている。
たとえ供給不足に第6界支部の職員が違和感を覚えたとしても、そのトップという地位を使えばどうとでもできるというわけだ。
かつて彼の配下におり、「一身上の都合」で無人の第10界に異動となった第6界支部の元重役の証言も、この仮説を裏付けていた。
……なんてことを…………。
ぼくが第6界で暮らしていた間、ある段階より幼い「子ども」をほとんど見かけなかったことが思い起こされる。
あれは偶然でも何でもなかったんだ……。
第6界支部の職員たちが転生という手段を選ぶに至るまでの苦労や、今なお子ども不足に悩んでいるであろう第6界の人々の姿がありありと目に浮かぶ。
……でも、まだそれは、ぼくの力のことには繋がっていない。
鉛のように重く冷たい恐怖を拭えないまま、一字一句も逃さぬようにと読み進める。
……そしてついにそれが見つかった。
どうやって手に入れたのか……パネルに添付された、第11界支部の機密文書。
「第28期 魂分離遂行用戦略準神生物兵器に関する開発及び管理報告」
ぼくは読んだ。
貪るように読んだ。
その内容を理解するにつれて、ぼくは激しい目眩に襲われた。
しばらくの間感情の整理がつかなかった。
そこには全てが書いてあった。
ぼくは文字通りの、「滅ぼす者」であった。
……本来の供給量に不正によって得た第6界に渡るべき魂を足しても、第11界において人間が安定して住める環境を形成するまで発展するのにはかなり不足していた。
そこで彼らが思い立ったのが、より直接的で残虐な、「魂の強奪」とでも言うべき計画である。
自分たちの創り出した「化け物」を第6界に秘密裏に投入し、より多くの魂を「分離」させ……つまりは殺させて、それらを第11界に転生させるというとんでもない策略。
そしてその「化け物」の開発過程を大きく分けて表した呼称が「第n世代」であり、一部の個体はデータ収集の目的も兼ねて実際に使用されていて……。
……そのモルモットのうちの1匹こそが、このぼくだったというわけだ。
「第5世代型」は侵食タイプであり、魂にウイルスのように寄生することによって、宿主に「化け物」の力と底無しの飢餓とを植え付ける。
止まらない飢えに抗えぬまま、宿主は自動的に「魂の分離作業」を行い、その犠牲者の魂は第11界へと回収される。
「化け物」を自分たちの手で育てないため、生産にかかるコストは大きく低減される。
また、汚されていない普通の魂に寄生させることになるため、宿主が人間社会に適合しようと努力することにより、それは結果的に絶大な「効果」を生むのだ。
効率的で画期的な発明だとしてそのプランは承諾された。
一方で、倫理面での議論はまるでなされなかったようだった。
……その魂は、肉体管理コードD6-5-7322、俗名ソル・ヴァスク・フリードリヒとして、第6界に生を受けるはずであった。
魂の状態が非常に不安定で脆い、接続処理の瞬間を狙って、「化け物」のタネは埋め込まれた。
そしてその瞬間、その魂の……ぼくの人生の全ては…………。
……全部受け止めようと決めていたのに、ぼくはそこでウィンドウを閉じ、USBを抜いてしまった。
もう限界だった。
ただ自分が怒っているのか、悲しんでいるのか、絶望しているのか、自分にもよくわからなかった。
元のように片付けようと引き出しに手を入れると、紙製の何かが指先に触れた。
取り出すと、それは2枚の封筒だった。
1つめの中身は訴状だった。
彼女の名義で書き上げられた、クリーブス氏を筆頭とする不正者たちの行いを追及する内容の訴状だ。
ただし封筒の送り主は彼女ではなかった。
同じ封筒の中に、送り主の字と思われるメモが添えられていた。
「何より君のためだ。やめておけ」
2つめの中身も訴状だった。
彼女の不正な内政干渉や不当な詮索行為を訴える、苛烈な内容だった。
ぼくはその両方を元のように仕舞い込んだ。
引き出しをそっと閉じたそのとき、ぼくは大きな毛玉のようにぐちゃぐちゃになっていた自分の思考や感情が、不思議なほどに澄んで1つにまとまり、また確立されていくのを感じた。
自分が次にすること、したいことがはっきりとイメージできた。
彼女の匂いの残る椅子から立ち上がると、左肩に妙な感覚を覚えた。
触ってみると、朽ち果てた最後の分体の痕跡が、不恰好ににゅっと突き出ていた。
ぼくはそれを翼にした。
ミューデのそれを真似た、コウモリのような黒く大きい翼だ。
もちろん片方だけではバランスが悪く、飛ぶことなどできはしない。
でもぼくにはそれで十分な気がした。
少しだけ慣れてきた操作で神府内の地図を表示させる。
部屋の扉を静かに開いて、ぼくはひたすら真っ直ぐに、神府第11界支部に向かって歩き始めた。
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