第24幕

行きはあんなに遠かった旅路も、帰りはずいぶんあっという間だった。

魔王戦という懸案事項が無くなったことによる精神的な要因もあるかもしれないけれど、実際に、帰還にかかった時間はぼくの入院期間を除いたとしても往路と比べて6日短い。

主な原因はぼくらが魔物にほとんど遭遇しなかったことだ。

魔王が「同類」と呼んだ存在のうち、「第2世代型」と思われるものに1度、「第3世代型」と思われるものに2度出会って交戦した他には、大した危険も無く、無事にヘイズ国までたどり着くことができた。

……少し気味は悪いけど、危険が少ないに越したことはない。

また、その「同類」との闘いにおいてもさして苦労はしなかった。

誰にも憚らずに能力を使うようになってからというもの、戦闘時の動きの効率は飛躍的に高まっている。

やはりのびのびと動けるのはいい。

味方との連携を直感的に図りつつ、存分に、気持ち良く闘える。

調子に乗っているつもりは無いけど、純粋な戦闘能力においては、自分も結構強かったんだなと最近思う。

……まあ、それもこれも周りのおかげなんだけど。

「何か手伝えることとかありますか?」

ちゃちゃっと手を洗い、キッチンに立つ彼女に歩み寄る。

「あ……じゃあ、これを絞ってほしいのと、あと、この実の殻を割ってくれますか?」

「了解です」

金槌を探すのが面倒なので、刺々しい見た目のクルミのようなものを山の中から1つ取り出し、ボウルの内側で両手で包んで握り潰す。

硬質化した手の中で堅い殻が砕け散る。

「ずいぶんとまあワイルドな……」

「力だけが取り柄なんでね」

城内で勇者の帰還と目的の達成を祝う宴が執り行われる中、ぼくらはどこにも出掛けずに夕食の準備をしている。

宴にはレニ国を含め多くの周辺国から人が集まることになるので、大事をとってベルさんは家にいることになり、ついでにぼくも欠席することにしたのだ。

彼女を1人でここに置いていくわけにはいかないし、何よりおそらくパーティーよりもこっちの方が楽しい。

ときどきよそ見をしながら黙々と作業を続けていく。

「……どうしました?

私の顔に何かついてますか?」

不意に包丁が止まる。

「あ、いや……なんか今日はやけにたくさん作るなーと……」

「カジハラさんは、いっぱい食べなきゃですからね」

「…………!」

殻がボウルの外に飛び散る。

「あちゃー」

「す、すみません……」

一緒に破片を拾い集める。

……こういうとこなんだよな、本当に。

思えば彼女にはずいぶんと助けられている。

彼女に出会っていなければ、ぼくは今ごろ森の奥で1人寂しく眠っていただろう。

これが将来的に良いことなのかは別として、今こうしてささやかな嬉しさを感じられているのは、彼女のおかげだとしか言いようがない。

大切にしなきゃ……なんてね。

「にやにやしちゃって……。

今度は一体どうしたんですか?」

「いえ、何でもないんです。何でも……」

気持ち悪いかなと思っても、ぼくは自分の口が勝手ににやけてしまうのをどうしても止められなかった。



「……では、いただきます」

「いただきます」

ナイフとフォーク……なぜか第5界のものと似ている食器を手に取る。

間接照明で浮かび上がった部屋いっぱいに、香辛料の鼻の奥をかき立てるような匂いが広がっている。

今日のメインは、鹿のような魔物(名前は覚えていない)のソテー。

硬すぎず、生っぽくない絶妙な焼き加減が、ほんのりと赤っぽいきれいな断面を作り上げている。

「どうですか?美味しく焼けてますか?」

「はい、とっても」

丁寧に下処理された鹿(?)肉には、独特の臭みも無く、噛むほどにしつこすぎない旨みを醸し出している。

……こんなに美味しいものを食べられるようになるなんて、転生した直後は夢にも思わなかったな。

これまでいろいろと苦労もしたけれど、今こうして、暖かい部屋で、誰かと一緒に美味しいものを食べられている。

これ以上の幸せが一体どこにあるというのだろうか。

これ以上、ぼくは何を求められるだろうか。

もしかしたらこの先も、ぼくの持って生まれたものがぼく自身を苦しめるかもしれない。

ぼくという存在の罪深さに、ぼく自身が頭を抱える夜もあるかもしれない。

でもここには暖かい部屋があり、美味しい食事があって、そしてぼくを待っていてくれる人がいる。

もうそれだけで十分なんだ。

それさえ護れればぼくはそれでいいんだ。

大丈夫。

これからもぼくは、きっとどうにかやっていけるさ。









…………そう、思っていた。

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