第21幕

「あなたは……かっ、カジハラさん……ですよね?」

目の前の光景が信じられないといった様子で彼女は立ち尽くしていた。

その蒼い瞳は行き場を失ったように不安げに泳いでいた。

そしてそれを見たぼくの頭に、罪の意識が波のように押し寄せてきた。

ずっと隠していたぼくの嘘が、疑いようも無い形で、はっきりと暴かれたのだ。

彼女にかける言葉も無く、ぼくは深くため息をついた。

…………仕方ない。

こうなってしまった以上は……。

左手を元に戻しつつ、義足の制御という役目を失った分体にさっと目配せする。

ぼくの意図を察して分体が小さくうなずき、右の手首に強く噛みつく。

そのままぼくの右腕と分体が一体化し、ぼく単体では難しいレベルの硬質化と高質量化を遂げる。

同時に心拍数を跳ね上げて身体の性能をさらに高める。

「……お?本気モードかい?同類くん」

その言葉には答えずに、ぼくは右足に力を込めて思い切り地面を蹴った。

右腕を突き出す。

魔王が右手で合わせるも受けきれず、その顔面に拳が届く。

勢いよく鼻血が吹き出し、大きく顔を仰け反らせる。

魔王が目だけでこちらを睨みつけ、予備動作も無しに蹴り上げてくる。

身体を捻って躱し、振り上げられた足を掴んでねじ折る。

体勢を崩した魔王の細い首に左手をかけて持ち上げる。

「……どうしてそこまでして殺さなきゃいけないんだ?

殺すことに一体何の意味があるんだよ?」

じわじわと首を絞めながら問いかけると、魔王は馬鹿にしたようにふふっと笑った。

「意味なんて知らないよ。

ボクがボクだから……ボクがここに生きているから殺すんだ。

ボクがここにいる限り、ボクは止まらない」

「そんな理由で他人を……うおっ!?」

魔王が右手をぼくの腹に当てて魔法を放とうとしていることに気がつく。

首を一気に絞め上げて山の下に投げ捨てる。

魔王が受け身をとって着地し、ぶちぶちとおぞましい音を立てて身体を修復していく。

「……流石は第5世代型だね。

数年ぶりだよ、鼻血なんて出したの」

瓦礫の山から飛び降りて魔王に殴りかかる。

もちろん容易く避けられて、ぼくの拳が床をめくり上げる。

隙を見て放たれた魔王の炎を勇者の光弾が相殺する。

爆風の向こうから迷いなく突っ込んでくる。

その拳を右手で受け止める。

やはり魔王も硬質化を使っているらしく、ずしりと重い感触が伝わってくる。

すぐさまもう一方の拳が迫り、ぼくがそれを硬質化させた左腕で弾き返す。

魔王の左足とぼくの右腕、ぼくの左肘と魔王のかかと……。

互いが互いの攻撃を次々と相殺し合い、硬い身体がぶつかり合って、生物同士の闘いとは思えない金属音が絶え間なく鳴り響く。

「どうして君は……殺すんだよ?

殺して生まれるのは……ぐっ!……どうしようもない虚しさと……罪悪感だけだ」

なんとか会話をしようと試みる。

倒すべき相手とわかっていながらもっと知りたいと思うのは、どこかで彼女に自分を重ねているからなのだろうか。

「虚しくなんかないさ……。

誰かを殺した瞬間、ボクは自分が生きてるんだって……いてっ!……確信できるんだ。

こんなふうにね!」

ぼくの判断の一瞬の遅れを突き、魔王がぼくの鳩尾に一撃を叩き込む。

魔王の手はぼくの胴体を貫通し、どこかの臓器をしかと掴んでいる。

左腕を剣にし、身体に刺さった腕を骨の間を縫って切断する。

大きく距離をとり、残された腕を引き抜いて穴を塞ぐ。

ぼくが処理に手間取るのを見るや、魔王は無くなった腕を生やしもせずに、残った方の手をかざして魔法の準備を始めた。

それを見たフィスがすかさずバズーカを命中させる。

「チッ……いちいちしつこいなあ」

広範囲に深い火傷を負ったまま、魔王が片腕でフィスに襲いかかる。

勇者がその首を容赦なく刎ねとばす。

「そいつには……手ぇ出すなよな」

その目つきは今までになく鋭くなっている。「へっ、見上げた愛情だこと」

切断された魔王の頭が勇者を嘲る。

「達者な大口叩くのはボクを殺してからにしてよね…………ふんっ!」

魔王は一瞬にして、自分の頭をひっ掴んでつけ直し、火傷を修復し、失われた右腕をも再生した。

目にも止まらぬ速さで片手をついて足払いをかける。

そのスピードに対応しきれず宙に浮いた勇者の身体に、魔王が会心の蹴りを入れる。

勇者は真っ直ぐに吹っ飛ばされ、壁に背中から激突した。

「脆い……。

よくもそんなんでボクを殺そうだなんて思えたよね」

ベルさんが治療に急ぎ、護衛につけた分体がそれに同伴する。

魔王が追撃に向かう。

フィスが魔王の魔上の空間を裂いて異空収納を展開し、雨のように爆弾を降らせる。

「あの人だけは……傷つけちゃだめよ」

「だからしつこいって何度も……。

うわっ!?」

魔王がそれを弾こうとするけど、そのあちこちに爆弾がくっついて離れなくなる。

「4、3、2……発破!」

フィスの合図で地響きが起こり、魔王の身体がミンチにされる。

驚くほど速く身体を再生して再び勇者の方へと走り出す。

「嘘っ!?速すぎる……!」

「大丈夫。ぼくが間に合わせる」

修復を終えたぼくが追いつき、横からぶつかって体勢を崩させる。

開いた腹にすかさず回し蹴りを入れる。

「がはっ……!」

何かしらの臓器が潰れた感触がして、魔王が足を止めて血の混じった唾液のようなものを吐き出す。

自分の損傷には構わずに、魔王が胴体にめり込んだぼくの足を両腕でがしっと捕らえる。

そのままぼくの身体を蹴り飛ばす。

骨盤から大腿骨が外れ、足が根元から引きちぎられた。

背中をついたぼくに魔王が馬乗りになり、喉元に前腕を押し当ててぼくを拘束する。

「今ここでどう行動しようとあんたの勝手だけどさ……ボクを殺したところでなんにも変わりゃしないよ?

ボクの代わりにあんたが殺し回る。

ただそれだけのことさ」

じわじわと力が込められていく。

「ぼくはみんなを殺したりはしない……。

もしぼくが『殺すための存在』だったとしても……君みたいに考えることから逃げたりはしないよ」

「逃げる……?はっ!笑わせるね。

あんたこそ、この『現実』からずっと逃げてるじゃないか。

さっさと自分の運命を受け入れな。

この世界に生み落とされたその瞬間から、もう殺す以外の選択肢なんて無いんだよ。

ボクにも、あんたにも……」

魔王の瞳が一段と輝き、腕に体重がかけられていく。

完全に呼吸が止まろうとしたそのとき、一筋の矢が魔王のこめかみをどすっと射抜いた。

ぼくの方に気を取られていて反応が遅れたのだろう。

脳を穿たれて意識が朦朧としたらしく、魔王の腕がほんの少し緩む。

矢の主の方を見ると、一瞬だけ目が合って、その後すぐに視線を逸らされた。

彼女の側にもう勇者の姿は無かった。

「……悪いね、カジ君。

こんな頼りない無様な勇者で」

その剣で魔王の左胸を背中から貫く。

「…………くそっ……痛いなあ……」

魔王が白目を剥いたまま刺さった矢を強引に引き抜く。

勇者が抉るように剣を抜き、同時にぼくが魔王の下から離脱する。

やや時間をかけて魔王が身体を修復する。

「あーもう、同類くん1人でも勝てるかわかんないのに……。

……いや、殺すんだ。

私はみんな、みんな殺すんだ……」

魔王の硬質化がさらに広がっていく。

ぼくと勇者はちらと互いを見合ってほとんど同時に駆け出した。



終わりの見えない虐殺。

ぼくも魔王も、何度も何度も致命傷を負い、その度に再生を繰り返して相手の体力を削っていく。

腕を失い、足を失い、身体を貫かれても闘いをやめない。

グロテスクでおぞましい、力と力のぶつかり合い。

永遠とも思えるこの争いに、ぼくらは少しずつ有利をとりつつあった。

勇者との連携はもはや完璧と言えるほどで、互いが互いの隙を潰し合いながら攻め立てていく。

魔王の反撃をフィスとベルさんが牽制し、こちらのダメージを抑えてくれる。

……変な言い方だけど、ぼくが死ぬよりも多く魔王を殺せていた。

勇者が魔王の腕を斬り落とす。

断面から代わりの腕は生えてこない。

「……そろそろ限界かい?」

「うるさい!ボクはまだ……」

「じゃあもうちょっとだ」

ぼくがその胸を思い切り蹴り飛ばす。

魔王が壁に叩きつけられ、頭の周りに血痕の花が咲く。

魔王は起き上がらずに、そのままぐったりとへたり込んだ。

「……流石に死んだか?」

「ソル、みんなを連れて早くここから離れて。

できるだけ遠くに……今すぐ」

「なっ……どうして?」

「ここからは『人間』には対応できない領域なんだ。

ごめん、君のことを信じてないわけじゃないんだけど……」

「大丈夫だ、任せてくれ。

……カジ君、くれぐれも死ぬなよ」

「わかってる」

勇者が2人の方に駆け出す。

その背中に向けて意味も無く小さな笑顔をつくる。

魔王の方に目を向けると、彼女は同じ姿勢のままで静かに固まっていた。

……突然、その目が血のように紅く輝く。

何かに上から引っ張られるように、不自然な動きで立ち上がる。

断面から、明らかに人間のものではない、黒く図太い腕が生やされる。

……とうとう来たか、飢餓状態。

ぼくはきゅっと眉根を寄せて、拳を強く握りしめた。

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