閑話
元魔王城1階
ロビー跡 魔王ミューデの回想
か弱い赤子が泣いている。
たくさん並んだ保育器の中で泣いている。
少しも休まず、健やかに。
己の定めも知らないままに。
この赤子らに親はいない。
実験室で生まれた彼らに、帰るべき母の腕はない。
誰に抱かれることも知らずに、ただひたすらに泣いている。
小さな子どもが泣いている。
無機質な部屋の固いテーブルの上で泣いている。
悲鳴のように、狂ったように。
己の姿に怯えるように。
この子どもらへの慈悲はない。
ただのサンプルに過ぎぬ彼らに、怪我をいたわる優しさは無い。
五臓六腑を引きずり出され、金切り声で泣いている。
幼い子どもが泣いている。
暗い牢屋の冷たくなった友のそばで泣いている。
声も出さずに、消え入るように。
己に呪いをかけるように。
この子どもらに選択肢は無い。
力のみを求められる彼らに、肩を抱き合う友は要らない。
かつての友の骸を喰らい、啜り上げるように泣いている。
1人の少女が笑っている。
血濡れた床の、ぬめりの真中で笑っている。
虚無に向かって、声を張り上げて。
己の全てを投げ捨てたように。
この少女にもう迷いは無い。
1人残った紅い瞳に、生の輝きはもう戻らない。
壊れた笑いの意味するものは、覚めぬ悪夢の第2の誕生。
……ボクだけが残った。
ボクだけが残ってしまった。
ボクを置いてみんなは先に逝ってしまった。
ある者は腹を捌かれて。
ある者は友に喰い尽くされて。
そしてある者は、ヒトのカタチを失って。
なのになぜだか、ボクは生き残った。
ボクは生き残ってしまった。
そしてみんなを殺せと言われた。
もし「ボク」が殺さなくても、「ボク」という存在がみんなを殺す。
それをボクはもう知っていた。
ボクには殺すしかないということを、ボクはもう知っていた。
だからボクは殺した。
ボクは殺した。
数えきれないほど殺した。
かつて友達にそうしたように。
立ち向かう者も、怯える者も。
怒れる者も、泣き叫ぶ者も。
ボクは殺す。
この世界の全てを殺す。
ボクがボクである限り、ボクは殺し続ける。
理由なんて要らない。
ボクはもう止まりはしない。
ボクはミューデ。
「滅ぼす者」だ。
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