第20幕
「ちょっと散らかっちゃってるけど、勘弁ね」
そう言って魔王はあざとくウインクした。
無防備にもその場で大きく伸びをする。
「これを……これを全て貴様がやったというのか?」
勇者がその異様な光景に痺れを切らす。
「そうさ。ボクの手にかかればこれぐらいは簡単に……」
「そうではない。
どうして味方を襲うような真似をしたのかと聞いているのだ」
「ん?……ああ、なるほど。
そういえばあんたらに伝えてなかったね、ボクの本当の目的」
「目的?……魔族の繁栄ではないのか?」
「うんにゃ。もともとボクにとっては、魔族なんかどうなったっていいんだよね。
あいつらは利用しただけで、仲間だなんて思ったことは1回も無い。
なぜって、ボクにとって何より重要なのは、より多くの人間が死ぬことだからだ。
ボクの目的はできるだけ多くの死。
ともなれば、このわかりやすい二項対立を利用してやることが一番効率的なんだよ。
だからボクは先代を殺して次の魔王になり、『もう片方』との派手な戦争を起こさせようとした」
……勇者から聞いたことがある。
神託で選ばれる勇者とは異なり、魔王の称号はある意味で完全な実力主義に基づいて与えられるのだと。
先代をその手で殺した者こそが、次の魔王として魔族を支配するのだと。
「……だけどボクにも誤算があった。
魔族のやつら、全然戦おうとしなかったんだよ。
最初のうちは良く働いて、『もう片方』との摩擦をどんどん強めてくれたさ。
でも、ある時期を境にその情熱がどっかに行っちゃったんだ。
なんでも、今の領土でも十分生きていけるから、戦う意味がわからないんだってさ。
脅してやっても大きな効果はなかった。
こんなんじゃ、いつまで経っても死者が増えない……。
そう思って、ボクが自ら使えない魔族を殺したんだ。
あんたらにご挨拶をした帰りにね」
…………は?
思考が全く理解できない。
目的が「より多くの死」……?
世に言うサイコパスってやつか?
「……じゃ、そろそろ本題に入らせてもらうとしよう。
まずはよく来たね、同類くん。
ずっと待ってたよ」
「はあ……」
未だにぼくのことを「同類」だと思っているようだ。
「まだそんなことを言っているのか?
いい加減に……」
「うるさいなあ。雑魚は黙ってな」
「何だと?」
「ソル、一旦ここは話を聞きましょう」
「あ、ああ……」
「……で、あんたはどうするつもりなの?
ボクとしては、あんたがこっちについてくれれば何よりなんだけど、あんたにそのつもりは無いみたいだし」
「君はこれから人間を殺しに行くんだろ?
それには賛同できないさ」
「よく言うよ。
あんただってボクとおんなじな癖に……。
もう気づいてるんだろ?
自分が殺すため……滅ぼすために生み出された存在なんだって」
殺すための存在……?
……もしかして、ぼくの能力のことを言っているんだろうか。
確かにあの怪物たちも再生能力を……おそらく急速に細胞分裂をする能力の一環として、その身に宿していた。
もし魔王もその能力を持っていて、この不完全な不死とその副作用である飢餓状態とをもってぼくを「同類」だと呼んでいるのだとしたら……。
ぼくはもしかしたら本当に、彼女の側の存在なのかもしれない。
……いや、それはあり得ないな。
「……もし仮にぼくが君と『同類』だったとしても、ぼくには君のように、力を意図的な殺戮に使う意志はないよ。
ぼくは君には協力できない」
「……そうかい。残念だなあ。
まあ、口では何とでも言えるからね……。
……じゃあ、あんたはボクを殺しに来たってわけ?その人間たちと一緒に」
「残念だけど、君がぼくたち人間を傷つけようとするのなら、そうする他ないみたいだね」
魔王は呆れたように深くため息をついた。
「『ぼくたち人間』ねえ……。
本当におもしろいね、あんた。
……まあいい。
だったらこっちも容赦しないから……。
覚悟しな。
いくら型落ちだからって、舐めてかかると仲間が死ぬよ」
魔王がこちらに右手をかざす。
手のひらに複雑な紋様が浮かび上がり、その中心から青い火柱が吹き出してぼくに襲いかかる。
左足を軸に跳び上がって回避する。
魔王がぼくを深追いしてやや上を向く。
その隙を見てフィスが迫撃砲を撃つ。
魔王がそれに気づき、左手をかざすと、砲弾の軌道は大きく逸れて壁に着弾した。
魔王の狙いがフィスに変わり、火を吹く右手をそちらに向けようとする。
それを察知してぼくが後ろの柱を蹴って跳びかかり、体当たりで魔王を押し倒す。
右腕を無関係な方向に曲げて炎を逸らし、そのまま無理に力を加えて肩を脱臼させる。
「……『同類』のくせに、魔法なんて使えるんだね」
魔王は痛がる様子も無く、自由のきく足でぼくの腹を蹴って引き離した。
「まあ、これでも一応『魔王』なんでね」
左手で押さえつけ、外れた右肩をごりっと押し戻す。
音もなく後ろに回り込んでいた勇者が魔王の首にその剣を突き刺す。
渾身の一撃は首を貫通し、喉仏から血のついた剣先が露わになる。
魔王が咳をするように血を吐く。
「……いったいなあ。どうしてくれんだよ」
その翼が大顎と化して背後の勇者を狙う。
勇者が咄嗟に剣を引き抜いて距離をとり、大顎が空を噛む。
次の瞬間、魔王の首の穴はきれいに塞がっていた。
……やっぱりこいつもか。
しかもこれまでの怪物たちとはわけが違うみたいだな。
「人間のままで」勝てればいいけど。
異空収納からハンマーを取り出す。
魔王がぼくの足元を薙ぎ払うように左手を振る。
一瞬遅れて刃のようなものが手の軌道に沿って飛んでくる。
隙間を縫うように避けつつ距離を詰めてハンマーで殴りかかる。
ギリギリで避けられ、空いてしまったぼくの鳩尾に魔王の拳が迫る。
勇者の魔法がピンポイントで命中し、魔王の右手が吹き飛ぶ。
「チッ……人間のくせして……」
舌打ちをしながら右手を即座に修復し、勇者を睨みつける。
その隙に一撃を……。
「……当てられるとでも思ったの?
性能では劣ってても、経験ならあんたに負けないからね」
ハンマーの柄を掴まれてぐいっと勢いよく後ろに押される。
腕を犠牲にするわけにもいかず、大きくのけぞって体勢を崩す。
さらなる追撃を試みたそのとき、魔王が瓦礫に足をとられてがくっと倒れた。
すかさず勇者が斬りかかる。
魔王が剣を硬い翼で受け止める。
同時にぼくも殴りかかる。
でもそれはあまりにも迂闊だった。
ぼくの行動は完全に魔王に予測されていて、ぼくがハンマーを振り抜いた瞬間、魔王は埋まった足を引き抜いて足払いをかけてきた。
その足がぼくの右足にぶつかる。
なんとか転倒はしなかったものの、衝撃で義足から大きな金属音が響き渡った。
魔王はそれに驚いたらしく、勇者を捕縛したままぼくから距離をとった。
「……どうしたのさ?
義足なんかつけて……オシャレか何か?」
「そんなわけないだろ。
君の優秀な部下にやられたんだよ」
「だから足ぐらいすぐに……。
え?……もしかしてあんた、本気で人間として生きようなんて思ってるの?」
「当たり前だ」
「呆れた……。
おもしろいっていうよりバカだね、あんた。
いい加減認めちゃえばいいのに」
その瞬間、魔王の死角から一筋の矢が飛んできた。
ベルさんの剛弓から放たれたそれは、寸分の狂いも無く、これ以上ないタイミングで魔王の首に迫り……。
……その左手に受け止められた。
魔王はぼくの方を向いたまま、魔法も使わずに、素手と反射神経だけで矢を完全に静止させていた。
そのまま片手で矢をへし折り、彼女の方に視線を送る。
「邪魔」
魔王は右手をかざし、彼女に向けて特大の炎の玉を放った。
……考えるよりも先に身体が動いた。
持っていたものを投げ出し、ぼくは魔王の射線上に立ち塞がった。
炎が着弾した瞬間、場内には凄まじい轟音が響き渡った。
……ぼくの咄嗟の判断は、どうやらなんとか間に合ったらしい。
煙が晴れ、後ろを振り向くと、そこにいる彼女は無傷のようだった。
しかしその顔は驚きと恐怖で真っ青に引きつっていた。
思考を落ち着かせ、自分の現在の姿を知ったぼくは、彼女のその2つの感情が、魔王の強さだけではなくてぼく自身にも向けられていることを理解した。
……それもそのはずだ。
煩わしい義足であったぼくの右足はきれいに生え変わり、かざした左手は大盾のように変形して、金属のように硬質化していた。
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