第15幕

「……最近やけに平和だな」

昼食の後、長めの休息をとっているときに勇者がぽつりと呟いた。

「そうね。魔物の少ないエリアでもないのに、ここまで遭遇しないとかえって気味が悪いわ」

ミガナ国を発ってから10日間、2番目の中継地であるリチネード国まであとわずかというところに至るまで、ぼくたちは1度たりとも魔物に遭遇していない。

「みなさんが怪我をしたり危ない目に遭ったりしないので、私としては何より嬉しいのですが……」

「まあ、それもそうだね。

みんなの安全が第一だし……。

ただどうも不気味なんだよな。

こうも魔物が少ないとなると、余程強力なヤツがどこかで暴れてるんじゃないかとか、何者かによる謀略なんじゃないかとか、色々考えちゃってね。

……なあ、どう思うよ、カジ君?」

木の上で警戒にあたっていたぼくに突然話が振られる。

「え?……あー、まあ、不自然といえば不自然かな。

足跡とか匂いとか、魔物の痕跡ならそれなりに見つかるんだけど」

ぼくとしては、勇者みたいな真面目な心配よりも、単純な食料確保の問題の方が先に立っているのだが。

異空収納に詰め込んだ魔物の死体の備蓄だって無限に湧き出るわけじゃない。

「……結局、いつも通り警戒するに越したことは無いと思うよ」

特にアイデアも無いので投げやりに答える。

「身も蓋もないことを……正論だけどさあ」

勇者はだらりと寝転んで足を組んだ。

「確かにいろいろ気になりはするけど、心配したって何も変わりゃしないさ。

いつ何が起こるかなんて誰にも予想できないし……ん!?なんだあれ?」

ぼくは遙か遠くから飛んでくる黒っぽい物体を認識した。

各々が手に武器をとって、すばやく戦闘態勢に入った。

……それはぼくらの前に軽々と降り立った。

「やあやあどうも、勇者ご一行様」

それはぱっと見にはごく普通の女の子のようだった。

でも人間でないことは明らかだった。

……まず飛べるという時点で人間じゃないと言われてしまえばそれまでだけど。

背中からはコウモリのような大きな黒い翼が生え、にんまりと笑った口元からは発達した犬歯が牙のように覗いていた。

かなり痩せた貧相な体型をしていて、幼い子どものようにも見えた。

それでいてどこからか恐ろしい、覇気、あるいは狂気とでも呼ぶべきものを帯びていた。

みんなの間にさっと緊張が走る。

「……貴様、何者だ?」

勇者が剣の柄に手をかけつつ口を開く。

「何者だ、とはずいぶん失礼じゃないの?

今代魔王に向かってさ」

「魔王!?」

「そ。……それとも何?

こんな子どもじゃ不満?」

平らな胸を指差してトントンと叩く。

冗談めいた口調で話していながらも、その態度には有無を言わさぬ迫力があった。

その言葉に嘘はなさそうだ。

「……どうして魔王ともあろうお方がこんなところに?」

ベルさんが矢を番えつつ疑問を投げかける。

確かに魔王の領域まではまだだいぶ距離があるはずだ。

「そんな大した用じゃないよ。

ただ、第2世代型……って言ってもわかんないか……まあ、簡単に言うとボクの仲間の1つがこの前殺されちゃってね。

久しぶりに損害が出たわけだし、しかもそいつがボクらの同類らしいヤツに殺られたなんて言い残したもんだから、ずっと気になってたのさ」

ぼくが知らないうちに、このパーティー以外の人間と魔王勢力との間で何かしらの交戦があったということだろうか。

……でも同類って何だ?

「でもって、その同類が勇者パーティーに加わってボクを殺しに向かってる、と。

だからすぐには戦わないまでも、ご挨拶くらいはしとこうかなって」

「同類……だと?

魔王の仲間に背中を預けた覚えは無いが?」

勇者の言葉をまるで聞こえなかったかのように無視し、魔王を名乗る者がこちらにぐいぐいと歩いてくる。

その身長はぼくと比べてもかなり低いため、近づいて観察されると自然と上目遣いで見られることになる。

なんかちょっと新鮮な感じがする。

「ふーん、あんたが第5世代型の……。

まあまあ勇者殿、そんなに警戒しなさんなって。今日は挨拶だけだって言ったでしょ?

……うーん、貯蔵可能なエネルギー量はボクより多そうだけど、なーんか弱っちそうね。

あいつらのお墨付きだから多分雑魚ではないんだろうけど……」

耳に入る単語の全てが理解できない。

というかそもそも魔王に同類呼ばわりされる心当たりがない。

「えっと……人違いでは?」

「……は?何言ってんのさ?

あのでっかいのを殺したの、他の誰でもないあんたでしょ?

ボクの仲間を殺しておいて、覚えてないとは言わせないんだから」

でっかいの……あの例の巨大な怪物のことだろうか。

「あんたがなんでボクの邪魔をするのか正直わかんないんだけどさ……。

まあいいわ、今回だけは大目に見てあげる。

似たもの同士、仲良くしましょ?」

「さっきから言わせておけば……。

彼は俺たちの仲間だ。戯言を吐くのもいい加減にしろ」

「あー怖い怖い……。

んじゃ、目的も果たしたし、そろそろお暇させてもらいましょうかね」

そう言って魔王はパチンと指を鳴らした。

その直後、突き上げるような地震とともに魔王の後ろの地盤が割れ、中からいつぞやの怪物のような何かが這い出てきた。

骨格は怪物によく似ているものの、その体格はぼくの知っているそれと比べて二回りほど小さい。

「核が小型化、可動化された第3世代型の汎用機だよ。

こいつにはリチネード国を滅ぼさせるだけで基本的にあんたに危害は加えさせないから、くれぐれも邪魔しないであげてね」

「なっ!?何を言って……」

国を、滅ぼすですって?

「第5世代型……いや、爺さんはサトルとか言ってたね。

あんたに私と協力する意志があるんなら、いつでも魔王城で歓迎するから」

魔王が翼を広げて飛び立つ。

「……そうそう、自己紹介がまだだったね。

ボクはミューデ。

あんたと同じ、『滅ぼす者』……その第4世代型だよ。

以後お見知り置きを」

そう言い残し、魔王はどこかへ飛び去ってしまった。

「……一体何だったんだ?あいつは」

「ソル、今は考えてる暇は無いでしょ」

「ああ、そうだね……行くよ、みんな」

勇者の合図で、ベルさんは弓を引き絞り、フィスは銃の安全装置を外し、ぼくはハンマーを両手で握り直して駆け出した。



……勝てる。

これは勝てるぞ。

ぼくらは順調に魔王の繰り出した怪物を追い詰めていた。

勇者が多彩な剣技や魔法で撹乱しつつ確実に削りを入れ、隙を見てぼくが重い一撃を叩き込む。

計算されたタイミングでベルさんが体力の回復にあたり、味方の隙をフィスが弾幕で打ち消す。

経験を積み、統率がとれてきたぼくらの闘い方は、明らかに怪物の力量を上回っていた。

1つ1つの行動や再生速度は「第2世代型」よりも速いものの、それをさらに上回るペースでダメージが蓄積していく。

勇者の風圧系魔法が怪物の鳩尾に命中する。

怪物がよろめいて頭の位置が下がった瞬間、ぼくが跳び上がってその脳天に全力でハンマーを振り下ろす。

強い脳震盪を起こしたらしく、怪物が気を失って倒れ伏す。

勇者が喉元に剣を突き立てると、怪物は完全に動かなくなった。

「これで勝った……のか?」

「いや……ソル、ちょっと手伝って。

早くこいつの身体をバラバラにするんだ。

ぼくが関節を砕くから……」

「本当に?いや、いくら何でもそれは……」

「うん、確かにちょっと残酷だとは思う。

でも多分、こいつはそうでもしないと死にはしないんだ……。

覚えてるだろ?あの日、街を襲った例のでかい怪物……あいつの言ってた『第2世代型』というのはおそらくあれのことだ。

あの怪物は体内に核みたいなものを持っていて、それを砕かない限り殺せなかった。

魔王の言葉が本当なら、こいつも核を持っていて、それが体内を移動し続けてる。

だから解体して核を探すのが、これを仕留めるには一番確実なんだ」

モラルがどうのと言っている暇は無い。

「なるほど……わかった。君に従おう」

そうと決まれば、意識を取り戻す前に大急ぎで核を探し出さなければならない。

移動手段を奪う目的で、まずは右脚から取り掛かる。

切り離しやすいようにするため、骨盤の辺りを殴ってその骨を粉砕する。

すかさず勇者が剣を突き刺す。

ねじ込むように傷を広げ、本体と脚とを分断していく。

するとそのとき、怪物が唸るような低い声をだした。

「ウッ……ウググ……」

「こいつ、もう意識が!?」

「イ……ヤダ……死ヌノハ……イヤダ……」

「ヒトの言葉を!?」

頭付近に立っていたベルさんが思わず驚きの声を漏らす。

「殺ス……ミンナ……殺ス…………」

怪物が大きく口を開ける。

そこに一瞬にして特大の光球が形成される。

「殺ス!」

危ない……と思うより先に、ぼくはハンマーを投げ捨てて彼女のもとに飛び出していた。

呆気にとられて固まった身体を抱きかかえ、そのまま地面に倒れ込む。

すぐ近くを熱線がかすめていく。

「……大丈夫ですか?」

「はい……おかげさまで」

「怪我は?」

「おそらく無いです」

「なら良かった」

次の一撃に備えて立ち上がろうとする。

ところが、ぼくはがくっと体勢を崩し、彼女の上に重なるように倒れてしまった。

見るとぼくの右足は、熱線によって膝上まできれいに焼き切られていた。


ぼく1人ならこの程度の損傷はすぐに治せたはずだ。

でも今はそういうわけにもいかない。

……普通の人間なら切られた足なんて生やせないだろうに。

傷口を塞ぐように皮膚を増やすだけならセーフだろうか?

などと考えているうちにも、断面からはどくどくと血が流れ出している。

戦闘のために血圧を上げているからなおさら出血の勢いが激しい。

まもなく全身から血が不足し始め、だんだんと意識が薄らいでくる。

「そんな……。

カジハラさん……そんなのいや……!」

ベルさんが小刻みに震える手で必死に止血を試みている。

青ざめて焦っていながらも、その処置に全く狂いはない。

だけどその努力も虚しく、ぼくの見ていた広い世界は、ぼんやりと白く霧がかって消えていった。

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