第14幕

ぼくらの旅の最初中継地であるミガナ国は、鉱山の麓という恵まれた立地からか、小規模ながらなかなかに豊かな国のようだ。

昼過ぎの街には、行き交う人々のお喋りと張り合うように商店の男たちの威勢のいい声が響いていた。

そんな大通りから少し外れた路地裏の、こぢんまりとした趣ある旅籠に、ぼくたちは3日間滞在することになった。

目的は主に街での物資補給。

ありったけの食料や薬の材料、弾薬などを買い込む。

……でも今日はとりあえず休憩だ。

これまでの疲れを癒すため、軽くシャワーを浴びた後、自室のベッドに身を投げる。

今のぼくには筋肉痛を始めとした身体的な疲労の概念は無いものの、それでも疲れたと感じてしまうのは、きっと連日の徹夜のせいだろう。

暴走を防ぐために食糧の貯蓄をしようと、毎晩テントを抜け出しては魔物を狩り、その肉を異空ポーチに詰め込んでいたのだ。

多少寝なくても身体に大きな影響は出ず、さらにどの程度貯めておけばいいのかわからなかったとはいえ、いささか無理をしすぎた。

身体疲労とはまた違った疲れが、今になってどっとぼくに襲いかかってきた。

うつ伏せになったまま、間もなくぼくは深い安息の世界へと誘われた。



ずいぶんと長い間眠っていた気がする。

よほどよく寝つけていたのか、例の悪夢さえ見ていない。

本当に目覚めたのかどうかすらわからないような感覚に包まれ、軽く痛む頭を右手で押さえつけながら、ベッドから両足を下ろす。

……すごく喉が渇いた。

何か飲み物を……。

「これかしら?」

良く冷えた水のコップを手渡される。

「ああ、ありがと……う?」

不意に我に返って声の主を見ると、そこにいた女性が前屈みになって、人差し指で鼻の下をちょっとこすった。

「えへへ。おはよ、カジハラくん」

「フィス!?……なっ、なんでここに?」

思わず後退りして距離をとる。

「なんでって、今日は一緒に見に行くんでしょ?武器」

「そりゃそうだけどさ……」

能力を制限した状態での戦闘に活かすため、武器の扱いに長ける彼女にいろいろと教えてくれるように頼んでいたのだ。

「約束の時間になっても全然起きて来ないから、どうしたのかなーって。

部屋の鍵も開いてたから、そーっと入っちゃった」

普通は鍵が開いてたとしても男子の部屋に勝手に入ったりはしないと思うのだが、それを聞いてくれる相手でもなさそうなので黙っておく。

時計を見ると、すでに約束していた時間をずいぶんと過ぎていることを示していた。

「えっ……もうこんな時間?

ごめん、寝過ごした」

思っていた以上によく眠っていたらしい。

「いいのよ。

無防備なかわいい寝顔も見れたことだし」

「…………!」

……まあ、自業自得か。

「……じゃあ、とりあえず着替えて支度するから」

「ごゆっくり」

スツールに座ったまま促される。

「……その……一旦出てくれないかね?」

「ああ、そうね」

少し残念そうに退室していく。

……何を考えてるんだ?

思春期の男子をからかっていじめるのが趣味なんだろうか。

「……ごめん、待たせたね」

「ええ、行きましょ」



射撃場を併設する武器屋は、骨太な腕自慢たちで賑わっていた。

「これはレニ国陸軍式ライフル銃の対魔物用改造型。85口径。決して低威力ではないんだけど、堅い魔物との戦闘では火力不足が悩みの種ね。

1メートル半ある砲身を活かした、弱点を突く精密射撃でちくちくとダメージを与える戦法が有効よ」

「なるほど」

流石は本物の銃、手に持ってみるとずっしりと重い。

ちなみにこの世界での銃規制はちょっと変わっていて、年齢や武器ごとの特別な免許ではなく、自分の職業に応じて持てる種類が決まる。

ぼくのようなランクの冒険者の場合は、狩猟用の大きくて高威力の銃は持つことができる一方で、小型の拳銃などといった暗殺等に使える対人兵器については所持及び使用が許されない。

……まあ、それらに明確な基準や罰則があるわけではないし、実際のところどの程度その規制が機能しているのかは知らないけど。

「……そうそう、あたしの勧める銃はみんな結構反動が強いから気をつけてね。

あなたの腕力なら大丈夫だとは思うけど」

「……お、おう」

とりあえず初心者にも扱いやすいものを、と言っておいたはずなんだけどな。

「じゃあ、ぐっと脇を締めて、そこをしっかり肩に当てて……。

そうそう、もうちょっと腰を落としたほうが姿勢が安定するわ」

優しく肩に手を置かれ、左の耳元でそっと囁かれる。

……全く的に集中できないからやめてほしいんだが。

「よーく狙って、あなたのタイミングで撃ってごらん」

精一杯狙いをつけて引き金を引く。

砲口が火を吹き、肩に重い衝撃が加わる。

確認すると、弾は的から大きく右に逸れた地点に着弾していた。

「あら、上手いじゃない」

「……まさか皮肉を言われるとはね」

「いいえ。初めてこれを持ってまともに撃てただけでも大したものよ。

……どう?他のも試してみる?」

「うん、よろしく頼む」

「そうねえ……。

だったら、これはどうかしら?

ヘイズ国冒険者ギルド御用達のバズーカ砲とほぼ同型なの。

弾の直径が10センチ弱あって、さらに弾速も十分。

照準は難しいけど、それを補う高い火力が魅力ね。反動はほとんど無し」

砲身が太すぎるので肩に担いで構える。

引き金を引くと、弾の軌道は大きく上に逸れて、轟音とともに射撃場の天井に大穴を開けた。

「あっ……!」

「あらまあ……」


「……ぼくに銃火器は向いてないみたいだ。

射撃は君とベルさんに任せるよ」

壁の修繕費を支払った後、ぼくはベンチに座ってため息をついた。

「もったいない……。

センスはあると思うわよ?」

「上手くなるまでに味方でも撃っちゃったら元も子もないでしょ。

協力してもらっておいて申し訳ないけど、これは諦めた方が良さそうだ」

「あら残念……。

こっちに興味が湧いたらいつでも言ってね。

手取り足取り、あたしが教えてあげるから」


……結局、ぼくが選んだのは特殊金属製の超重量のハンマーだった。

店主に「この店で一番重い武器を」と頼んだ結果がこれだ。

軽い気持ちで力任せに素振りしてみると、遠心力で肩を脱臼した。

扱いは難しそうだけど、約束された破壊力につられて即購入。

使いこなせれば、能力を温存し、かつ分体を雑魚掃除に回しながら闘うことができるようになるだろう。

新たな武器を担いで戻ると、フィスもまた買い物を終えて弾薬を異空間に収納しているところだった。

声をかけると、作業用のメガネを外しつつ、垂れた髪をさっと耳にかけた。

「あら、ハンマー似合うわね。

なんだか、男らしいって感じがして……」

「えっ……あ、ありがとう」

「……ねえ、この後時間あるかしら?

良かったら、一緒にゴハンでも」

……何だろう、この違和感は。

朝からどうもフィスの様子がおかしい。

やけに積極的というか、魅力的というか。

食事中も時折こちらを見つめては微笑んできて、何かと問えば

「ううん、何でもない」

の一点張り。

何か裏があるのか、はたまた……いやいや、流石にそりゃ無いな。

彼女には勇者がいるわけだし、いくら何でもありえない。

むしろこんなのにいちいち反応してるようではただのカモだ。

「……ねえカジハラくん、ちょっとお手伝いしてくれない?」

流れで入ったカフェで悶々と考えていると、また不意に話しかけられた。

「今日のお返しだと思って、ね?

簡単な作業だから」

「別に構わないけど……」

「ありがと。でね、銃口の中をお手入れしてほしいんだけど……。

ほら、これ持って」

テーブルにオイルやら何やらを並べつつ後ろに回り込んでくる。

「ちょっと失礼」

真後ろから抱きすくめるように腕を回し、手に手を重ねて作業を始める。

背中に何か柔らかいものが押し当てられて、そのままぐにっと潰れる。

「これを塗ったら、ここにそっと入れて……こうやって、中からカリカリって掻き出すような感じで……」

くすぐったいほど近くで、勘違いを狙うかのような言葉で説明される。

……そんなにぼくをからかうのが楽しいか?

もしやSか?

Sなのか?

というかそもそも、こんなことしてて本当に大丈夫なのか?

勇者という立派な男がいながら、こんな一介の冒険者なんぞに……。

頭の中でぶつぶつ文句を言いながらも、ぼくは素直に作業に取り組んだ。



……疲れた。

特に疲れるようなことはしていないはずなのに、妙に疲れた。

明日の夜にはもう出発だから、今日は早く寝なければならない。

それなのに、しかもどっと疲れているのに、ぼくは床についた後もしばらく寝つけなかった。

ただあの柔らかい、温かい感触だけが、腕や背中に残って離れなかった。

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