第13幕
旅立ちからおよそ1週間。
ぼくたちは今、魔王の拠点を目指して森を北上している。
そこまでの道中にはまだいくつかの人間の国があるので、今のところ道はある程度整備されており、割と歩きやすい。
特に大きな問題もなく、4人旅は順調に進行中だ。
それはいいとして、現在、ぼくの脳内に1つの疑問が生じている。
……自分、要りますかね?
このパーティーにおける自分の存在意義って何なんだろうか。
人間の領域とはいえ、森というダンジョンのど真ん中である都合上、ぼくたちは時折魔物の襲撃に遭っている。
それも、魔物が多いことで名高いぼくの故郷(?)、グレンの森の連中ほどではないにせよ、相当強力そうな個体だ。
なのにぼくが闘うまでもなく、ほとんどを勇者が1人で、厄介な相手のときはフィスと2人で、いとも簡単に討伐してしまうのだ。
原因は2人の戦闘能力の異常なまでの高さ。
勇者は総合力に優れており、剣を使った近接戦から魔法中心の遠距離戦までバランスよくこなす。
フィスは異空収納から取り出した煙玉や閃光弾などのアイテムでサポート役に徹する。
手榴弾やロケットランチャーのような武器を持っているので火力も十分だ。
ベルさんはメンバーの怪我や毒を即座に治すヒーラーとして貢献。
一方で毒矢で削りを入れたり、目を射抜いて視界を奪ったりと、確実に勝利を近づける攻撃もできる。
……やっぱり自分、要りますかね?
さっき前の森の魔物ほど強くはないって言ったけど、正直この人たちなら奴らにも普通に勝てそうな気がする。
……いや、確かに勇者が強いのは良いことだ。
逆に今の段階でぼくに出番が回ってきているようでは今後が不安になる。
それはわかっちゃいるけど、ここまでニート状態が続いてしまうと、ぼくの良心と自尊心にじりじりと傷がついていくのだ。
「勇者様って、本当にとってもお強いですよね。かっこいいです!」
「そうかしら?見栄えはいいけど、実際カッコつけてるだけよ」
昨日、後ろを歩く女性陣から聞こえてきた会話である。
「そんなことないですよ。
勇者様らしく、しっかりと自分の仕事を果たされていて、憧れちゃいます」
……彼女のことだから、その言葉におそらく他意はないんだろうし、何よりそう信じていたい。
でもそんな勇者様と並んで先頭を歩くニートの身には、その一言がぐさりと深く突き刺さるのだ。
いやいや、本格的なピンチになったらちゃんと動くし、とか、本気出したら自分も強いし、とか、精一杯言い訳を考えてみても、全くもって説得力が無い。
まずこのメンツで本格的なピンチとやらが訪れるのかさえ疑問なのだから。
……などと1人で思いあぐねていると、ぼくにはおなじみの例のムカデが視界に入った。
懐かしい顔だ。
あっちの森には掃いて捨てるほどいたムカデだけど、こっちでは初めての遭遇となる。
目が合った瞬間、思考を停止して誰よりも早く駆け出す。
やあ!また会えたね、ムカデくん!
旧交を温めるのもいいけど、残念ながら君には死んでもらうよ。
大丈夫、君の死は決して無駄にはならない。
ぼくのプライドの維持に存分に役立ってくれたまえ!
タイミング良くやってきた旧友(とは全く関係の無い無辜のムカデ)を抹殺するために、加速しながら両腕に力を込め……。
「ちょっ……ちょっと、カジ君!?」
勇者の大声に不意を突かれ、急ブレーキをかけて振り返る。
ぼくを止めようと走る勇者と、面食らったように立ち尽くす2人の姿が目に入る。
一瞬考えて、ぼくはようやく今の状況を理解した。
能力が使えないのだ。
表向きには……特にベルさんの前では……「人間」として生きていたいぼくにとって、この能力と体質は最大の障壁となる。
もちろん、身体組織の硬質化などといった明らかに人間離れした所業は見せられるはずがない。
一方で、戦闘時にはそれが最大かつ唯一の頼みの綱となる。
能力の使えないぼくなど、鹿も猪も殺せない、ただの非力な高校生……。
こんな簡単な矛盾に、どうして今の今まで気がつかなかったんだろうか。
自分の思慮の浅さに呆れる間にも、ムカデはどんどん迫ってくる。
……さあ、どう闘おう。
この貧相な身体で、あのデカブツにどう立ち向かってやろうか。
……そうだ、こいつらを使えば……。
後ろを護らせていた2つの分体のうちの片方を呼び寄せ、重い大剣に変えて片手で握る。
振り向きつつ側金にあたる部分を正面に向けて構え、ムカデの突進を受け止める。
一気に20メートルほど押し出されて、衝撃で腕がぶちっと不穏な音を出す。
大剣越しにその頭を左足で蹴って体勢を崩させ、その顎を勢いよく斬り上げる。
急造品のなまくらのため、斬るというよりも殴る感覚に近い。
大きく仰け反って露わになったムカデの腹に剣を振り下ろしながら距離をとる。
すぐに仕留めたいところだけど、下手に重傷を負ってしまうと治せないため、迂闊にこちらから手出ししにくい。
これはどうしたものか……。
……いや、考えてても仕方ないな。
結局のところ、真っ向から闘うしかないんだろう。
大剣を握り直して走り出す。
ムカデが頭をもたげ、牙を展開しつつ突っ込んでくる。
ギリギリまで引き付けて跳び上がる。
ムカデの牙が地面に刺さるのを確認し、空中で縦に1回転して頭頂部を殴りつける。
甲羅に深いヒビが入って体液が吹き出し、ムカデの動きが少し鈍くなる。
その隙に首に乗り移り、節と節の間に剣を差し込んで、てこのようにこじ開ける。
そのまま下向きに持ち替え、甲羅が剥がされてむき出しになった白っぽい肉に思い切り突き立てると、やがてムカデは完全に活動を停止した。
決して悪くない勝利だ。
大規模な損傷からの自己再生も、能力を応用した身体の改造も、(表面上は)一切使用せずに仕留められたというのは大きい。
この闘い方は今後の糧にもなるだろう。
人間離れした身体性能に関しては……まあ、勇者のそれも似たようなもんだし平気平気。
ムカデから分体を引き抜き、元の自然な状態に戻す。
……さてさて、みんなの様子はどうだろう。
貴重なぼくの勇姿、ちゃんと見ていてくれたかな?
……ぼくのそんな淡い期待とは裏腹に、振り返るとそこには勇者1人の姿しか見当たらなかった。
「あー……。
そいつを見てすぐに、ベルちゃんがぶっ倒れちゃってね。
フィスに抱えられて、ここからちょっとばかり遠くに……。
なんつーか、ドンマイ?」
そうだった。
聞いてはいたけど実際に遭遇することがほとんど無かったから、もう完全に忘れてしまっていた。
ベルさんが、「脚のたくさんある生き物」が大の苦手だということを。
底知れぬ黒が空を覆い尽くし、冷たい風が痛いくらいに頬を刺す。
月の無い押し潰されそうな夜に、ぼくはテントの外に出て、木の上で苦いムカデを噛み締めている。
いつまで経ってもこの味には慣れないけれど、暴走だけは何としても避けなければならないから、ぼくに食べないという選択肢は無い。
自分の中の行き場のない気持ちをぶつけるように、1口、また1口と喰らいつく。
口いっぱいに溢れ出す苦味がだんだんと心地よくさえ感じられてくる。
半分くらい食べ終えた頃に、ぼくは同じ木に登ってくる誰かの気配を感じた。
「あらよっと……。
やあ、夜警代わりに来たよ。
今日もご苦労さん」
軽々とぼくの隣に飛び乗ったのは、背中に武器を背負った勇者だった。
「せめてこれぐらいはしておかないと、お役に立てないもんでね」
「これぐらい?
……カジ君、夜警は長旅において最も重要な仕事なんだよ。
夜行性の魔物だってたくさんいるのに、毎晩ベルちゃんやフィスがぐっすり眠れているのは、他でもない君のおかげさ。
みんな感謝してる」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
「まーた後ろ向きな……。
今日なんか特に大活躍だったじゃないか。
なかなかに上位の魔物だったのに、弾薬も魔力も消費せずに倒しちゃってさ。
あれは俺を含めてそうそうこなせる芸当じゃない」
「……結果的には、だけどね。
あれは全然良い判断じゃなかった」
今となっては、自分は一体何を考えていたのだろうと、安易な判断が情けなく思えてたまらない。
「もしあの時止めてくれなかったらどうなってたことか……。
本当にありがとう」
後頭部を掻きつつ率直な気持ちを述べると、勇者は急に真剣な表情になった。
「……ねえ、余計なお世話かもしれないんだけどさ、そんなに気にしなきゃいけないのかな?……君が人間じゃないことって」
「……と言うと?」
「これは前にも話したけど、君が人間じゃないってことそのものは、責められるべきことでもなんでもない。
何より大切なのは君がどう生きるかだ。
そうだろ?」
曖昧にうなずく。
「ベルちゃんやフィスだって、きっとそれぐらいのことはわかってるよ」
「……まあ、そうだろうね」
2人がぼくの正体を知った途端に態度を変えるようにはなかなか思えない。
「だとしたら、変に隠そうとする必要もないんじゃないかな?
なんか、そんなに思い詰めなくてもって思ってさ」
「言われてみれば、確かにそうかもしれないけど……。
でも、どうしても踏ん切りがつかなくてね」
勇者はこちらを見つめてぼくの言葉にじっと耳を傾けている。
「…………こんなこと言っても、信じてもらえないと思うけどさ……」
ぼくはそのまま、ぼくのこれまでの人生を、包み隠さず……転生前のことも含めて……でもヒトを殺してしまったことは除いて……語り始めた。
どうして今、突然話したくなったのかはわからない。
ただ、この人になら話してもいいだろうという、根拠のない安心感だけがあった。
バラバラな順番で、途切れ途切れの言葉で、ぽつぽつと話し続けた。
その間、勇者は黙って、ただ静かにぼくの話を聞いていた。
一通り話し終えた後、長い沈黙を挟んで、勇者が再び口を開いた。
「……ありがとう。
やっと話してくれたね、君自身のこと。
……ごめんね。ろくに知りもしないで、偉そうに説教したりして」
「いいんだ。こちらこそありがとう。
どうでもいい話に付き合ってくれて」
話すだけでも多少は楽になるもんなんだなとしみじみと思う。
「これでも仲間なんだし、俺なんかでよければ頼ってくれよ。
いつでもいいからさ」
そう言って背中を軽く叩かれる。
肌寒い外の空気の下、その大きな手のひらには、包み込まれるような温かさがあった。
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