第12幕

「やあ、カジ君にベルちゃん。よく来たね」

「どうも」

「こっ、こんにちは……」

「まずは……お疲れ、かな?」

「……もう少しどうにかできないのかね?

この面倒さ」

あまりに厳重なセキュリティーチェックで、ぼくらはすでにへとへとになっていた。

「すまないね。そこまでしなくてもって言ってるんだけど、規則は規則なもんで」

大層な椅子に座っていながらも、不思議と変な威圧感はない。

「……で、来てくれたってことは、返事はイエスってことでいいのかな?」

「そう受け取ってくれて構わないよ」

……致し方あるまい。

ご存知の通り梶原君は意志が弱いのである。

度重なるベルさんの説得に敗北を喫し、ぼくは晴れて魔王征伐軍に参加することになったのだ。

「ありがとう。協力に心から感謝するよ」

椅子を立って勇者が右手を差し出す。

その大きな手をとって固く握手を交わす。

「……本当に大丈夫なのかい?

とっくに気づいてるんだろ……ぼくが人間じゃないってことぐらい」

周りに聞こえないように、囁くような声で問いかける。

勇者はあの夜、ぼくの闘う姿を目撃しているはずだ。

「ああ、知ってるさ。おおかた無形生物の類いだろ?

……でも人間じゃないってことは、君の在り方を完全に決定づけるわけじゃない。

簡単に言うなら、君が人間じゃないからといって、俺らを取って食おうとするとは限らないって話さ。

考えるべきは、君が何者かではなく、君がどう行動するかだよ」

「……流石は勇者様だな」

「皮肉はよしてくれ」

そう言って彼は憂鬱そうな笑みを浮かべた。

……本当にみんなを喰い殺してしまうかもしれないから不安なんだ、なんて、言い出せるはずが無かった。

複雑な心境のまま握手を解く。

「ほら、ベルちゃんも。よろしくね」

「はっ……はい!」

勇者が差し出した右手を、ベルさんが両手で包み込むように握る。

「ふっ、不束者ですが、どうぞ宜しくお願い致しますっ!」

「だから敬語はやめろって……。

まあいいや、よろしく」

勇者は再び椅子に腰掛けて足を組んだ。

足が長いからその姿は豪勢な椅子によく映えている。

……羨ましい限りだ。

「セレモニーまではまだしばらくあるんだ。

それまでは部屋でのんびりしててくれていいんだけど、その前にちょっと会ってもらいたい人がいてね。

……おーい、もう入ってきていいよー!」

勇者に促されて後ろのドアが開き、1人の女性が部屋に入ってきた。

「簡単に紹介するね。

彼女はフィスティア・ローレンツ。

俺の幼馴染で、こんな格好だけど肩書き上は聖女として活動している」

「『肩書き上は』なんて失礼な……。

……あっ!カジハラ君にベルちゃんね。

話は聞いてるわ……あたし、フィスティア。

フィスって呼んでね」

「よろしく、フィス」

「よろしくお願いします、フィスさん」

「はーい、よろしくねー」

……うん。

わかるわ。

勇者がこの人を「肩書き上は」聖女だと言う理由が。

前の人生で見る機会が無かったからあくまでぼくのイメージに基づいた話になるけど、彼女からは「聖女感」とでも呼ぶべきものが全く漂っていないのだ。

まず最初に……なんというか、おおきい。

何がとは言わないけど、すごくおおきい。

……いや、普段からそればかりを見ているわけでは誓ってないんだが、それでもどうしても目がいってしまうほどおおきい。

ベルさんのがそこまでおおきくない(失礼)からか、余計におおきく感じる。

しかもそれを露骨に主張してくるからたちが悪い。

恵まれたボディーラインを強調するややタイトな服から、うっすらと日に焼けた健康的な肌を惜しげもなくちらつかせている。

……正直、ベルさんとはまた違った意味で目のやり場に困る。

勇者に似て言葉遣いが軽いことも相まって、ぼくが「聖女」と聞いて思い浮かべる人物像とは大きくかけ離れていた。

「能力としては……まあ、聖女として重要視される治療術はそれほど得意としていないんだが、総合的に優れていて、何より空間操作魔法を扱うことができる」

「空間操作魔法!?本当に?」

「えへへ、すごいでしょ」

…………?

時々その存在を耳にしてはいたけど、この世界の「魔法」という概念に疎いせいでその凄さがよくわからない。

「空間操作魔法ってあの……数百年に一度、使い手が現れるかどうかと言われる……? 

都市伝説の類いだと思ってました……」

……なんかうまい具合に説明してくれたな。ありがたい。

「まあ、古文書に載ってるみたいに瞬間移動とかができるわけじゃないんだけどね。

いいわよ〜、空操魔法。

異空間収納とか、便利すぎてクセになっちゃうの……。

あっ、そうだ!ほらこれ、2人に1個ずつ」

「……なんすか?これ」

「ハンドポーチのようですけど……」

「聞いて驚け。

フィスさん特製、異空収納ポーチよ。

誰にでも扱えるように空操魔法の機能の一部を定着させてあるの。

あたし自身の力には多少劣るんだけど、十分使えるはずだから、いい感じに活用してねー」

口を開いて手を突っ込んでみると、そこにポーチの底は無く、代わりに果ての知れない謎の空間が広がっていた。

……これが彼女の言う「異空間」か。

中を覗き込んでみると、こちら側の空間との繋がりがわからなくなって、説明しにくい奇妙な感覚に襲われた。

不思議がるぼくとは対照的に、ベルさんはこの道具にしきりに感心していた。

「うわあ……!これ、本当にすごいですよ!

ありがとうございます、フィスさん!」

「いいってことよ、仲間なんだもん。

……じゃ、あたし先に部屋に戻ってるから。

いいわよね、ソル?」

「ごゆっくり」

彼女が退室するのを見届けて、勇者は小さくため息をついた。

「……まあ、こういうやつなんだ。

何というか、ちょっと変わっててね。

決して悪い人間じゃないし、力も十分にあるから、仲良くしてやってくれ」

「ほーい」



出立式は思っていたよりもあっさり進行し、程なくして盛大な宴が始まった。

式自体には勇者以外のメンバーは参加できない決まりらしく、ぼくが控え室から出てホールに着いたときには、すでに厳粛な雰囲気は無くなっていた。

ホール内では、ひと目見て貴族だとわかるような紳士淑女が思い思いに談笑していた。

「あっ、カジハラくんだー。

どう?楽しんでくれてる?」

「いや、人の多いところはどうも苦手で……。

って、ええ!?」

思わず変に大きな声が出た。

「どうしたの?いきなりおっきい声出して」

「えっ、い、いや、別に何も……」

……この人は他人の視線ってものが気にならないんだろうか。

紫を基調とした彼女のドレスは、普通に生きていればまずお目にかかれないような強烈なデザインだった。

その胸元は大胆に開き、少しいたずらをすれば見えてしまいそうなほど深いスリットと共に悩殺をしかけてくる。

長めのまつげのせいでどこか眠そうな表情といい、ゆったりとした優雅で誘うような仕草といい、なんというか……刺激が強い。

手に持ったワインがよく似合っている。

「……そっ、それより、他のみんなは?

探しても見当たらないんだけど……」

「えっとね、ソルは各国のお偉いさんたちに挨拶まわり。

ベルちゃんなら、さっき武器庫で得物の品定めをしてたわよ。

あのコったら、せっかくかわいい顔してるのに、恥ずかしがって出てこないの。

もったいない話よねえ」

「武器庫ってのはどこに?」

「あのドアから出た後、左手の階段を降りて右にずっと行った突き当たり。

門番はいるけど、あなたの名前で通れるようになってるはずよ」

「ありがとう……じゃあ、良い夜を」

「あなたもね」



武器庫内にはほんのりと火薬の臭いが立ち込めていた。

「……あっ、カジハラさん!

すごい、すごいですよこの武器庫!」

自分の身長ほどもある弓を抱え、目を輝かせて駆け寄ってくる。

「何か目ぼしいものでもあったんですか?」

「ええもちろん!

例えばこの魔弓、魔力を注いであげれば矢に光属性が付与されるんです!

本当にこれ全部使っていいなんて、信じられないです!」

清楚な水色のドレスに身を包んだまま、興奮覚めやらぬといった様子でぴょんぴょん飛び跳ねている。

「もっと、もっと試してきますね!」

年頃の女の子が、ドレス姿で弓やらボウガンやらを試し撃ちしてはしゃぐ光景は、見ていて何ともシュールだった。

前世のぼくの腕力なら到底扱えなさそうな剛弓も軽々と引き絞り、的の中心を見事に射抜いていく。

……あの細腕に一体どんな筋肉が詰まっているんだろうか。


しばらくして、一通り撃ち終えた彼女がぼくの隣にぼすっと腰掛けた。

「いや〜、ついついやり過ぎちゃいました。

明日はきっと筋肉痛ですね」

「……今更ながらすごいっすね、弓」

「こんなの、要は慣れですよ。

数さえこなせば誰でもできるようになるものです」

「そう、なんですか……」

汗ばんでほてった身体からそっと目をそらす。

「……ところで、銃とかもあるのにどうして弓なんですか?」

「あー、確かに銃のほうが撃つのは楽なんですけど、あの音が苦手で……。

耳がキーンとしちゃって、敵の音を察知しにくくなるんですよ」

「なるほど」

「それより、さっき薬庫にもお邪魔したんですけど、これがまたすごくって、本家でも見たことの無いような素材がたくさんあったんですよ。

例えば……」

……その後、ぼくは宴の席に戻ることもせずに、武器庫でずっと彼女の話を聞いていた。

弓も薬も、ぼくには全く馴染みのない分野だったけど、不思議と飽きることはなく、むしろいつまでも聞いていたい気がした。



翌朝、重い門をくぐって、ぼくたち4人は国を後にした。

とても早い時間だったこともあって、見送る人はほとんどいなかった。

空にはのしかかるような曇が広がっていた。

これからの旅の成り行きを暗示しているんだろうかと、理由もなく思った。

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