第2幕

木漏れ日の眩しさに目を醒ます。

意識を取り戻したぼくは、見知らぬ森の中にいた。

ふかふかの温かい地面の上に、仰向けに力なく寝そべっていた。

起き上がろうとしても、身体が思うように動いてくれない。

その場で情けなくじたばたするばかりだ。

ふと首を回すと、細く小さくて頼りない腕が視界に入った。

……そっか。

転生って、ここから始まるんだ。

ぼくはこの瞬間、2つの重要な事実を認識した。

まず1つは、ぼくがまだ赤ん坊であること。

そしてもう1つは、ぼくがおそらく捨て子であること。

あはは、良かった。

ちゃんと人間に転生できたー。

…………え?

これ、どうすりゃいいの?

死ぬじゃん?

このままじゃ絶対死んじゃうじゃん?

いや、いくらなんでもそれは酷いって。

転生したのに即死亡確定は流石に酷い。

せっかくまた生まれてきたんだ。

ちょっとぐらい長く生きたい……!

そう思いながらもう1度、必死で全身に力を込める。


すると、左肩からごりっと鈍い音がした。

間髪入れずに全身のあらゆる関節がごりごりっと気味の悪い音を立てる。

そして訪れる一瞬の静寂。

……今のは一体何だったんだ?

そう思った次の瞬間、ぼくはホラー映画のクリーチャーのような姿に成り果てた。

骨という骨が、肉を勢いよく突き破って肥大化したのである。

うぎゃあああああ!?

痛……く、ない?

常識的に考えれば間違いなく即死の状態なのに、不思議と痛みは感じない。

状況を理解できないぼくを差し置いて、肥大化した骨に筋肉や脂肪、皮膚などが蛇のように絡みついていく。

しばらくして全ての反応が落ち着いたとき、ぼくはかつてのような青年の身体に戻っていた。

立ち上がって手足を適当に動かす。

さっきまで赤ん坊だったことが嘘であるかのように、スムーズに身体が動く。

「なんだよ、これ……」

さっき人間に転生できたと思ったけど、それすらも怪しいな。

成長の速さからしておかしい。

どう見積もったって人間離れしている。

それに……さっきからずっと気になっているんだが……なぜか自分、血まみれなんですよね。

胸から足先まで、べっとりと濃い血がこびりついている。

そして今、こうして森の中にぽつんと捨てられている……と。

……嫌な予感しかしない。

少なくとも、「名家」の生まれでないことだけは確かだろう。


(あー、あー、聞こえますか?)

……おや?

この声はまさか……。

(ああ良かった!

はい、私です。カトリーナです)

はい、どうも。

……ってもしかして、ぼくのこと見えてるんですか?

(……え、ええ。あ、いやそんな、まじまじとは見てないですよ?)

…………!

赤ん坊の状態から急成長したばかりだから、ぼくは今素っ裸だ。

……はあ。

時すでに遅し、だな。

あんなにかわいい女性に見られただけ本望だと思っておこう。

(そっ……そう!あなたの生前着ていた学生服をそちらに転送しますから、ひとまずはそれを着てください。

このままだとちょっと……よろしくない、ですからね)

ほとんど同時に、新品同然の学ランをはじめ衣服一式が目の前に現れる。

(自己修復及び自己洗浄機能を付与しておきました。

基本的に着っぱなしでも問題ないと思います)

うわあ、すごいや。

さすがは神様。

固まった血を近くにあった川で洗い落とし、早速袖を通す。

あまり長い間着られなかったから身体に馴染んでないけれど、自分の制服はなんだか落ち着く。

配慮のあるチョイスがありがたい。


ぼくが一通り着終わったころに彼女が話を続ける。

(その……やはり、気づいてしまわれたんですね)

……やっぱり人外なんですか?

(それは……ああ、どうお伝えしていいか、私にはとても……)

だったらまず、ぼくがあの血を浴びた経緯から教えてもらえませんか?

(はい……私もそのときは混乱していたので、その一部始終は自動記録映像から知ったのですが……)

ならその映像を見せてください。

それが1番手っ取り早い。

(え……その、いいんですか?何というか、かなり恐ろしいものでして……)

見せてくださいと言っているんです。

自分が何者なのかぐらいは、自分のこの目で確かめないと。

(……わ、わかりました。辛くなったら言ってくださいね)

ややあって、視界の真ん中辺りに四角いモニターが現れた。


映し出されたのは、小さな赤ん坊を抱きかかえる女性。

(今世におけるあなたのお母様です……)

しばらく見ていると、腕の中の赤ん坊……おそらくぼく……が激しく泣きだした。

母親があの手この手であやそうとしても、泣き止む気配さえない。

それを聞きつけてか、父親のような男性が画面内に入ってくる。

……その直後の光景を、ぼくは全く呑み込めなかった。

赤ん坊の目が突如としてかっと見開かれる。

同時にその泣き声が耳をつんざくような咆哮へと変わる。

口が耳まで裂け、不揃いに生えた牙が露わになっていく。

そのおぞましい形相は、まるで人間のものとは思えない。

突き出された舌がシュッと伸び、母の喉元を貫き通す。

そのまま横に切り払い、床には真っ赤な水玉模様が描かれる。

何が起こったのかわからないといった表情のまま、ぼくの母親は絶命した。

母が倒れた弾みで投げ出された赤ん坊が、今度は父親の方に顔を向ける。

その瞳は真っ赤に染まり、鈍く輝いている。

先端付近が鎌のように黒く変質した舌を振るい、赤ん坊は呆然と立ち尽くす父の頭を、いとも容易く切り落とした。

……平凡で微笑ましい一家の日常が、ほんの十数秒で見るに耐えない地獄絵図と化してしまった。

しかし惨劇はそれだけでは終わらない。

赤ん坊が母の亡骸に這い寄り、あろうことかそれを喰らい始めたのだ。

骨まで噛み砕いているのだろうか、バリバリと硬い音を立てている。

片時も休まずに、迷うことなく喰い続ける。

口のまわりに親の血をたっぷりとつけて。

自分の体積より食べているのに、まだ喰い続ける。

まるで何かに取り憑かれたかのように……。


モニターが閉じられる。

(……この後、騒ぎを聞きつけてこの地域の憲兵が駆け付けました。

幾度かの会議の後、被害の拡大を防ぐためにあなたを処理……いや、殺害することが決められました)

……まあ、そうですよね。

(しかし誰一人としてあなたを殺すことはできませんでした。

何度致命傷を与えても即座に再生し、それどころか相手を捕食してしまったからです)

…………。

(対処に困った彼らは、あなたをここ、グレンの森に放置することにしました。

グレンの森……危険な魔物の非常に多いことで有名な地域です)

…………。

(あなたの状態について、現時点で分かっていることをお伝えしておきます。

……まず、端的に申し上げますと、あなたは人間ではありません)

……でしょうね。

(ただし、魔物やその他の動植物の類いでもありません。

あなたはどんな種にも分類できない、完全に未知の存在となっています。

今のあなたを特徴づけているのは、凄まじいまでの生命力です。

……あなたは、急速かつ無制限に細胞分裂を行う能力を持っているようです。

普通なら命に関わるような重い怪我であろうとも、望むなら瞬く間に再生できます。

また、細胞を変質させるなどして相手を攻撃することも可能です)

……おお。

転生ものにありがちなチート級能力、ぼくももらえたんですね。

あはは。

(……しかし重大な欠点があります)

欠点?

(この能力の使用には莫大なエネルギーが必要となります。

加えてあなたの基礎代謝もかなり高く、生命維持のためにも相当な量のエネルギーが要求されます。

そして、空腹が限界を超えて飢餓状態に突入すると……)

……すると?

(……理性を失い、周囲の者を手当たり次第に襲って捕食するようになります……)

なるほど……。

なら今は、人里に降りることは……避けるべき、ですね。

……そっか。

やっぱ創作物みたいに気楽に異世界無双とはいかないよな。

せっかくなら、ちょっとは楽しんでみたかったんだけどね……。

(ごめんなさい……私が無理にお勧めしたばかりに……)

……え?

いやいや、事故なんだし、謝る必要なんて全然無いんですよ?

それに、ぼくのわがままなんて重く受け止めなくてもいいんですから。

別に人付き合いなんて無くても全然……。

(そんな……そんな見え透いた嘘、つかないでくださいよ……)

……もう、やめてくださいよ。

別にいいじゃないですか。

ちょっとぐらい強がったって……。

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