第1幕
死後の世界。
本当にあるのか半信半疑だったけど、どうやら実在していたらしい。
さっと視線を落とし、両手を握ったり開いたりしてみる。
馴染みのある手が、かつてのように指示通りに動く。
ぼくの自我……なのかなこれは。
深く考えると哲学的な話になりそうだけど、少なくとも、生前のぼくの記憶を持ったぼくのような何かがここにいる。
それだけはきっと確かだし、それが何よりありがたい。
我思う、故に我ありとはよく言ったもんだ。
……しかし、恐ろしく殺風景だな、ここ。
喩えるなら、さっきまでいた病室?……いやもっと酷いか。
不気味なほど真っ白な天井と壁。
剥き出しのコンクリートのように硬い床。
窓はおろかドアさえ無い。
家具もほとんど無く、部屋の中心辺りに質素な椅子が二つあるだけ。
ぼくが今座っている一つと、それに向かい合うように置かれたもう一つだ。
本当に、何にもない。
地獄に落ちていないだけまだマシだと思うべきなんだろうか。
でもな……。
正直つまらない。そして寂しい。
一生(?)このままなんだとしたら、どっちが地獄かわからない。
そのときだ。
ぼくの向かい側の何も無かった白壁から、木製らしいドアが突然出現した。
……?
これは?
そのドアをコンコンと軽くノックする音が聞こえる。
誰か入ってくるのかな。
「ど、どうぞー」
ここが自分の部屋なのかも微妙なところだけど、とりあえずそう答えてみる。
「失礼しまーす……」
そっとドアが開けられ、その隙間からひょっこりと顔を覗かせたのは、見たことのない女性。
長い金髪が目を引く、どきっとするほどきれいな人だ。
「ど、どうも。はじめまして、梶原 聡さん」
少し緊張したような仕草でこちらに頭を下げる。
「あ、はい、はじめまして」
何がなんだかわからないまま挨拶を返す。
女性はとてとてと歩いてきて、ぼくの向かい側に置かれたもう一つの椅子に腰掛けた。
「えっと……まずはあなたが不幸にも若くして亡くなられたことに、心よりお悔やみ申し上げます」
「ああ、やっぱり死んだんですか」
「はい。残念ながら」
そっか……。
改めてはっきり宣告されると多少ショックではある。
みんなに感謝の言葉の1つでも言っておけばよかったかな。
「で……あなたは一体?
それからどうしてぼくの名前を?」
「もっ、申し遅れましたっ。
私、神府第6界担当支部魂管理局実務課所属のカトリーナっていいます。
以後よろしくお願いします!」
「しんふ?」
「神府です。神様の神にオオサカ府の府と書きます」
「え……てことは、あなたは……?」
「はい。だいぶ下っ端ですけど、私も一応神の端くれです。
ただし、神と言っても我々はあなた方が神と聞いて連想されるような万能の存在ではありません。
我々は我々独自の社会を形成し、神府を通してあなた方人間を管理しているんです。
あなた方が超常だと感じるような力も多少は使えますが、神話で語られるようないわゆる『神』なる存在はここにはいません」
「なるほど」
「そして……何からお話ししましょうか……そうそう、まず気になるのは、ここがどこかということですよね?」
「まあ、そうですかね」
「ここは第6界支部の私の臨時オフィスです。
仮設のちょっとした小屋みたいなものですので、何も置いていないんですけどね」
「そうですか」
「それから……そう、次に聞きたいのは、ここに呼ばれた目的ですね?」
「そうなんですかね」
言われるがままになんとなく話を促す。
「本来、死者の魂は各支部内に設けられた裁定所にてその処遇……簡単に言うなら、天国と地獄のどちらに行くのかを言い渡されるんです。
しかしながら、ここであなたには第三の選択肢ってものがあってですね」
「はい」
「……異世界転生って、興味ありますか?」
「……はい?」
「転生です。
あなたの生きていた第5界の隣、私たちの管理する第6界に新しく生まれ変わるんです」
「はあ……」
「あなたが転生を選んだ場合、第6界内某国の名家に生を受けることになります。
そこでの生活は何不自由ないものですし、生まれながらの能力も十分満足できるものだと思います。
その力を活かせばあらゆる場面で好きなだけ大活躍できるでしょう」
「……なんでぼくなんですか?」
どうも腑に落ちない。
そんな美味しい話がどうしていきなり……。
「私どもの部署の主な役割は、新たに生み出される肉体に魂を結び付けることです。
しかしながら、このところ中央神府からの魂の供給がなぜだか減ってきていてですね」
「ぼくはその数合わせというわけですか」
使い捨ての魂の中からあなたは運良くリユース用に格上げされました、と。
「そんな……そりゃ、そう言われてしまえばそれまでですけど……で、でも!私は何よりあなたに幸せになってほしいからこうして提案しているんですっ!
転生を提案する相手は、何もくじ引きで適当に決めたんじゃなくて、私が自ら数ある魂の中からあなた1人を選んだんですよ!?」
両腕をぱたぱたさせて否定する。
……なんか、何やってもかわいいタイプなんだろうな、この神様。
「あなたは前世で、その……不幸に、見舞われてしまいましたよね?」
「そうですね」
「だからこっちに転生して、もっと楽しい人生を満喫してほしいんですよっ!」
こじつけっぽい感じもするけど、その気持ちにおそらく嘘はなさそうだ。
転生先の条件も申し分ないどころか素晴らしいし、ぼくにとってこれはとんでもない幸運とでも呼ぶべきなんだろう。
でも……。
「……どう、ですか?」
「いいえ。結構です」
「……え!?」
「ご厚意は本当にありがたいんですけど、第2の人生とか、正直あんまり興味無いんです」
「ど、どうして?」
「確かに、転生もののラノベなんかを読んでるとすごく楽しそうなんですけど、自分の過去を鑑みるに、そんな思い通りになるはずがないと思うんですよ。
いくら生まれが良かったとしても、そう上手くいくもんじゃないと思ってしまうんです。
もしかすると嫌なことの方が多くなるかもしれない。
だったらまだ、天国か……もしくは地獄か?にいる方が、気楽でいいんじゃないかなと」
「し、しかし……」
「それにですね、あなたにイメージできるのかどうか知りませんけど、ぼくにとって2回生きるってことは、それすなわち2回死ぬってことなんですよ」
「……!」
「ご存知の通り、ぼくは1度死んでいます。
またあんな思いをするのかと思うと、素直によし転生しようとは思えません」
「そうですか……ご、ごめんなさい……」
しゅんとした表情もなかなか……って、神様相手に何考えてるんだぼくは。
「……あの、あなたのために、何か私にできることはありませんか?
その……安らかな眠りを邪魔してしまったお詫びもしたいので」
「お気持ちは嬉しいんですけど、してもらいたいことは特に無いです。
……まあ、強いて言うのなら、ぼくの性処理ぐらいなもんでしょうかね」
紳士さの欠片も無い、どう考えてもセクハラな答えを返す。
もう死んでるんだし、多少は女性に言いたい放題しても許されるだろう。
怒って地獄行きにされなきゃいいけど。
「せ、性っ……!?」
……ん?
彼女の様子が明らかにおかしい。
真っ赤になって、頭から湯気を出しながらどぎまぎしている。
「そっ、それは、つまり、どういう……?」
……もしかして、神様なのにこういう思春期の男子特有の悪ノリを知らないのか?
「どういうって、そのまんまの意味ですよ。
わかりませんか、カトリーナさん?」
面白いので調子に乗ってからかってみる。
すると、しばらく考え込んだ後、彼女は急に椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。
「…………わ、わかりました。
私などの体でよければ……」
震える手を服のボタンにかけて1つずつ解いていく。
……は?
まさか本気で……?
「いやいやいやいや、ダメですって!」
「私にはお構いなく……これであなたが、少しでも幸せになれるなら……!」
「たちの悪い冗談ですから!落ち着いて!」
「私じゃ不満なんですか?」
「そういうことじゃなくて……。
だから、その、それはいざって時までとっとくもんなんです!
自分みたいな奴に軽々しく晒しちゃいけないんですよ!」
「自分みたいな……?
自分に自信が無いんですか?」
不意にその手を止めてぼくに目を合わせる。
かなり危ない格好だけど、良くも(悪くも)肝心な部分は見えていない。
……まずい。
その光景を目に焼き付けようとしている下劣な自分がいる。
意識的にその白い肌から目を逸らす。
「……そんなもの、あるわけないじゃないですか。
成功体験も何もなく、いきなり人生終わったんですから」
ぶっきらぼうにそう言うと、突然彼女の表情がむすっと険しくなった。
「……とことん後ろ向きなヒトなんですね。
ならもういいです」
ありゃ、愛想尽かされちゃったか。
「第6界に転生して頂きます」
……なんですって?
「いや、さっき別にいいって……」
「ダメです。
あなたの意志なんて関係ありません。
無理矢理にでもその後ろ向きを私が治して差し上げます。
心配しなくても大丈夫ですよ、私がしっかりサポートしますから」
どこからかタブレット端末のようなものを取り出して操作しだす。
「実行コマンド入力開始……現在選択中の魂を肉体管理コードD6-5-7322に接続……」
頑とした様子の彼女は止められそうもない。
職権濫用っすか……。
「……あれ?」
今度はなんだ?
「なによこのエラーコード……魂第2次定着システムに異常?
とりあえず一時中断を……できない!?
なんで!?……とにかくなんとか、なんとか止めないと……」
ものすごく不安になるようなこと言ってるけど、本当に大丈夫なんですかね?
そう思った矢先、後頭部を強く殴られたような感覚がして、ぼくはそのままがくっと意識を失ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます