Second LIFE

makizume

序幕

ハッピーエンドなんか嫌いだ。

予定調和。

ご都合主義。

見え透いた結末。

絶対にみんなが幸せになる運命。

そうでなくとも、誰もがうなずく帰結点。

そんなものもう見たくない。

本当にいるのかどうかも知らないけれど、神様とやらはそんなに甘いもんじゃない。

……少なくとも、ぼくに対しては。



骨肉腫。

日本で年間150例ほどしか見られない、非常に稀な、骨の癌。

今も元気にぼくの身体を蝕んでいる病だ。

優しい優しい「神様」が、なぜだかぼくにお与えになった贈り物だ。

……初期症状として、ぼくが左膝の辺りに痛みを感じ始めたのは、去年の夏の終わりごろだった。

そのときは成長痛か何かだと思っていた。

肝心の成長の方はいまいちだったけど、それでもまさかこんな病気だとは夢にも思っていなかったから、誰かにそれを相談することも無かった。

そんなわけで発見がかなり遅れてしまい、痛みに耐えかねて倒れたときには、すでに手遅れらしかった。

らしかった、というのは、はっきり手遅れだとは告げられなかったからだ。

両親も医者も、ぼくに気を遣ってか、死を匂わせるようなことは決して言わなかった。

でも隠しきれない悲しい雰囲気は、どうしようもない現実を、嫌でもぼくに知らしめた。

そしてその日から、ぼくの死を待つ長くて短い日々が始まったのだった。



「手遅れ」を確信しても、最初のうちはそれほど動揺していなかった。

周囲の湿った雰囲気に困惑さえしていた。

おそらく、頭では理解していても、自分の死期の近さなど自覚できなかったからだろう。

でもこうして、病院のベッドで嫌というほど暇な時間を過ごすと、どうしてもいろいろと考えてしまう。

言うなれば、長い長い走馬灯を見ているような感じ。

ぼくはこの17年で何をしてきたんだろう。

この17年で何ができたんだろう。

無機質な天井に出会った人たちの顔を映し、自分の人生を振り返ってみる。

……もしかしたら、そんなに悪い人生でもなかったのかもしれない。

友達は一応いた。

成績も悪くなかった。

それなりに楽しい毎日だった。

ぼくより不幸な人なんて世界にはいくらでもいるんだ。

彼らと比べれば、ぼくの受難なんて……。

……いや、違う。

ぼくが幸せだったかどうかなんて、今のぼくにはわかりっこない。

幸せだったかどうかわかるようになるまで、「神様」はぼくに生きさせてくれない。

もっと不幸な人?

そんなのぼくの知ったことか。

ぼくはもっと生きたいんだ。

生きてさえいれば、友達ももっと増えたかもしれないんだ。

成績ももっと上がったかもしれないんだ。

もっと楽しい毎日が、この先に待っていたのかもしれないんだ。

でもぼくは、それをどうやっても確かめられない。

そしてこのやりきれなさを、見知らぬ他人の苦しみだけで誤魔化せるほど、ぼくは大人になっていない。


「うっ……」

不意に激しい吐き気を催して起き上がる。

抗がん剤治療が始まって以降、頻繁に襲ってくるようになった副作用。

多少慣れてきてはいるけど、それでも気持ちのいいもんじゃない。

「はあ、はあ、はあ……」

せっかく済ませた昼食を、ほとんど全部戻してしまった。

桶に溜まった汚らしい吐瀉物に、どろっとした惨めさが重なる。



隣の病室の人が死んだ。

そう直接聞いたわけじゃないけど、雰囲気でなんとなくわかった。

廊下を慌ただしく走る足音。

その人の名前を呼ぶ大きな声。

それきり静かになった隣室。

……別に、その人に特別な思い入れがあったわけじゃない。

その人と言葉を交わしたこともない。

でもかといって、全く気にしないわけにもいかない。

次はぼくなんだろうかと、考えないわけにもいかない。

こうしている間にも、死は確実にぼくのそばにすり寄ってきている。

できないことが、少しずつ、少しずつ増えていく。

もう1人で食事をすることも、用を足すこともできない。

自力で起き上がることもできずに、たくさんのチューブに繋がれて、ぼーっとただ死を待っている。

ドラマとかだったら、自分の死を素直に受け入れて、さらには周りの人まで励ますような感動の展開になるんだろうけど、ぼくの場合そうはいかない。

ぼくはそんなに強くない。

怖い。

死ぬのが怖い。

死ぬのが怖くてたまらない。

癌細胞が日に日に身体を食い荒らしていくのがわかる。

だんだんと自分から人間らしさが失われていくのがわかる。

痛みと苦しみが日ごとに増幅し、ぼくがぼくでなくなる「そのとき」が近づいていることを警告する。

「そのとき」、ぼくがぼくでなくなる。

ぼくという存在が消えてなくなる。

そのときぼくは、ぼくの持つこの自我と記憶は、一体どうなってしまうんだろう。

それが怖くて仕方がない。

いっそのこともう死んでしまいたい。

でも今のぼくには、もう自分で死ぬことさえできやしない。



その日は突然訪れた。

何の前触れも無く、さらに真夜中のことだったから、両親はその場に立ち会えなかった。

これまでにない激痛で目が醒める。

震える右手でナースコールを握りしめる。

程なくしてたくさんの人が病室に駆け入ってくる。

「……!」

「…………!」

声をかけられているみたいだけど、音が遠く感じて聞き取れない。

ろくに呼吸もできずに、声にならない呻き声が絶えず口から漏れ出ていく。

苦しい!

……でも、しばらくするとそれも嘘のように治まった。

痛みも苦しみも消え去って、ただただ心地よい、ぼんやりとした感覚に包まれていった。




某年某月某日 午前0時47分

梶原 聡 永眠 享年17

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