第53話 マカロン
「智也、僕、事務所に寄るけどどうする?」
「え? 何で事務所に? 打ち合わせ?」
「いや、違う違う、佐倉さんが今日撮影で事務所に来てるから、これ渡しに行こうかと思って」
「ちょ……鳴、おま、佐倉ってもしかして佐倉麻里亜さまのことか?」
「そうだだけど……」
「お前、まさか麻里亜さまにもバレンタイン貰ったのかよ!」
凄い剣幕で智也が詰め寄って来た。
「う……うん」
「マジか……めっちゃ羨ましいんだけど……」
麻里亜さまって——智也は佐倉さんのファンなのだろうか。まあ佐倉さんは半芸能人だからあり得なくもないか。
「どうする? 行く? 今なら会えると思うけど」
「いや、やめとく……荷物あるし、心の準備も無しに
穏やかならない理由だ。
「今から心の準備すればいいじゃん」
「やだよ! 美容院も行ってないし! 風呂も入りたいし! 歯も磨きたいよ!」
——どんだけ神聖視してるんだ。つーか案外、智也って面倒くさいやつだったんだ。
「うん、分かった……無理にとは言わないよ。今日は誘ってくれてありがとうね」
「おう……俺のほうこそ付き合ってくれてありがとな」
そんなわけで、僕は智也と分かれて急ぎ足で事務所に向かった。
佐倉さんはせっかちだから、撮影が終わるとすぐに撤収する。そして大体の仕事は予定より早く終わる。
他の皆んなはともかく、佐倉さんは超売れっ子だから、会える時に会っとかないと今度いつ予定が合うか分からない。
——事務所に到着すると佐倉さん丁度が出てきたところだった。急いでよかった。
「佐倉さん!」
「おっ、少年、久しぶり!」
「お久しぶりです」
といっても1か月も開いていない。
「どうした、今日は打ち合わせかな?」
「いえ、今日は佐倉さんに会いに来ました」
「おいおい、可愛い彼女が居るのに私にもアプローチをかけるのか? いただけないな」
佐倉さんは相変わらずの調子だった。突っ込むと佐倉さんのペースに巻き込まれてしまう。
絶対に突っ込んじゃダメだ。
「あの……今日はこれを渡しに」
「うん? 何だそれは?」
「ホワイトデーです。1日早いですけど、バレンタインのお返しです」
「おっ! 良い心がけだな小年!」
喜んでいただけたようで良かった。
「うん? これはマカロンか」
「はい、お口に合うか分かりませんが、売れ筋ランキング1位だったので、間違い無いかと」
「ふむ……」
佐倉さんは俺を上から下まで凝視した。
「もしかして、お返しは一律でマカロンを選んだのかな?」
「はい、皆んなお世話になっているので」
「ふむ……。
(少年はきっと、マカロンが特別な
何だろう——心なしか佐倉さんがニヤついている気がする。
「なかなかのセンスだな! 気に入ったよ!
(面白そうだから黙っておこう……笑)」
「ありがとうございます!」
佐倉さんに認めてもらえた——これにして良かった。
「じゃぁ、私は次の現場があるから行くよ、またライブでな」
「あ……ソメイヨシノのファーストライブ、佐倉さんが撮影するんですか?」
「うん? 何を言ってるんだ君は……私が受けたのは、君ら、織りなす音のファーストライブだぞ」
「……え」
ま……まじか。
「楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます」
バレンタインのお返しに来て元気をもらってしまった。佐倉さん……いつもありがとうございます!
——そうだ、もう一人の桜さん……祐希も事務所に来たりしてるだろうか。
メッセージを打とうとスマホを手に取ると、祐希が丁度事務所から出てきた。なんてタイミングの良さだ。
「鳴……どうしたの? 打ち合わせ?」
智也も佐倉さんも祐希も同じ返しだ。
「ううん、今日はその……1日早いけどバレンタインのお返しを渡そうと思って」
「え……もしかして私に会いに来てくれたの?」
祐希にだけ会いに来たわけではないけど、わざわざそんなことを言うのも角が立つよな。
「……うん、これホワイトデー」
「ありがとう」
よし、後は学校で渡せるな。智也が今日誘ってくれて本当に助かった。
「これって……マカロン?」
「うん、お口にあうと良いんだけど」
祐希の顔がパッと明るくなった。
「嬉しい……」
祐希は僕の渡したマカロンをぎゅっと抱きしめて、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
そこまでマカロン……好きだったのか。
流石売れ筋ランキングナンバーワン。
「今日は、もう終わり?」
「うん……今日はちょっとミスが多くてへこんでたんだけど、鳴のお陰で元気でたよ」
そう言ってくれると俺も嬉しい。
「僕も、もう帰るから駅まで一緒に行く?」
「うん!」
駅までの道中、祐希はいつもの三割増で機嫌が良かった。
もうすぐライブだもんな。
きっと楽しみで仕方ないのだろうな——なんて僕は思っていた。
————————
【あとがき】
能天気な無自覚男がまたやっちまった……笑
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