第51話 ワクワク体験 〜ayato視点〜

 いよいよ、ギタークリニック当日。


 俺はめちゃめちゃ緊張している。

 

 実は、ギタリストとして観客を入れてライブ演奏するのは、今日がはじめてだ。


 俺は、SNSの動画中心で名前を売ってきた。


 ライブのような一発勝負ではなく、撮り直しのきく世界でだ。


 でも今日は違う。


 撮り直しの効かない一発勝負だ。


 しかも、これは遊びじゃない、ビジネスだ。


 もう、朝からずっと胃がキリキリしている。



 ——「おはようございます」


「お……おはよう」


 今日の俺のアシスタント、音無鳴が早速到着した。


「アヤト早いね! やっぱ気合入ってんだね!」


「ま……まあな」


 俺の憧れのギタリスト、音無仁の息子、音無鳴。


 最初は鳴に、俺のアシスタントが務まるわけないと思っていたけど、間違いだった。

 

 鳴は父親と同じく、今の俺では手の届かない、遥かな高みにいるギタリストだった。


「ねーアヤト! ちょっとこのピックにサインして欲しいんだけどいい?」


「あ……ああ」


 でも、本人にまるでその自覚がない。


 鳴は自分より、俺の方が凄いと思っている節がある。


「ありがとうアヤト! 大切にするよ!」


「どいたま」


 この謙虚さが、化け物に育った原因かもしれない。



 しかし、この待ち時間ってのは、なんでこんなにも緊張を増長させるんだ。手汗がヤバイって。


「あれ? アヤト……もしかして緊張してる?」


 もしかしなくても緊張している。つーか鳴は何でこんなに普通なんだ?


「鳴は緊張しないのか?」


「緊張か……どうだろう」


 うん、分かった絶対してない。


「もしかしたら、してるかも知れないけど」


 いや、絶対してない、君はそう言うタイプだ。


「ワクワクの方が大きいかな!」


 ほら……やっぱりそうだ。思考がどこぞの戦闘民族と一緒だ。


 しかし……ワクワクか……今まで音楽でワクワクしたことなんてあったかな……。


「今日もそうだよ、アヤトの生ギターが聴けるんだよ! めっちゃワクワクしない?」


「いあ、アヤトは俺だし、それにリハで散々聴いてるだろ?」


「違うんだよ! リハとライブは! 僕はリハのお行儀の良い演奏よりライブが好きなんだ!」


 ん……ちょっと待て……今こいつ……リハの演奏がお行儀の良いとか言わなかった?


 もしかして、リハは……あくまでリハで本気じゃなかったってことか?



 何だろう……胸がドキドキしてきた。さっきまでの緊張とはまた違うものだ。


 もしかして俺は期待してるのか? 

 ワクワクしてるのか? 

 鳴のギターを楽しみにしてるのか?

 

 すっかり緊張は収まった。


 でも今度は、胸が高鳴る。


 早く鳴のギターを聴きたい。あいつの音を聴くのが待ち遠しい。




 ——そしてギタークリニックが始まった。


 エンドース企業のPRも兼ねているから前半分は、ギターの解説がメインだった。


 ギターをまともに弾き始めたのは質問コーナーになってからだ。


 質問コーナーは用意されてるのかってぐらい、定番の質問だった。


 だから、俺は仕掛けさせてもらった。


「尊敬しているギタリストは」


 フン……自覚させてやるよ鳴。お前の凄さを。


「音無仁と……そこにいる『織りなす音』のギタリスト鳴です」


「鳴?」「織りなす音?」「聞いたことあるか?」「いや知らない」「でもアヤトが尊敬してるって」


 観客がいい感じに、舞台を作ってくれる。


「皆んな聴いてみたくないですか? 見てみたくないですか?」


『『聴きたい!』』『『見たい!』』


「じゃあ、彼の凄い所をご紹介します」


 鳴が困った顔をしている。


 でも、本当は困ってなんかないんだろ。


 俺は、鳴にも聴かせたことのない、新作のフレーズの一部を弾いて見せた。


 そして、アイコンタクトを送ると、鳴は即興でコピーしてみせた。


 やっぱ、鳴は半端ない!


 しかも、めちゃくちゃ楽しそうだ。


「……」


 でも、テンションが上がったのは俺だけで、客席は静まりかえったままだった。予定通りの演出と思われたのかも知れない。


 俺はフレーズを繰り返した。そして、アイコンタクトで初めてのリハーサルで見せた。ディレイプレイを要求した。



 ……背筋がゾクっとした。


 さっき鳴が言った、リハはお行儀がいいは本当だった。


 鳴は、今までに聴いた事のないような、キレッキレのフレーズを返してきた。


 しかも……観客を煽っているだと?


 俺の客だぞ!


 会場は、楽器店のいちスペースと思えないぐらいに盛り上がった。


 そして俺も、普段は弾かないようなフレーズを、鳴につられて弾いてしまった。

 

 でもこれは……新しいアプローチかも知れない。


 緊張から一転、テンションが上がり過ぎて、何をやったのか覚えていないぐらいに、俺は鳴とのプレイを楽しんだ。


 音楽でワクワクする。


 はじめての体験だった。


 ちなみに、鳴はギタークリニックが終わった後も飄々ひょうひょうとしていて、俺の目論見通りにはならなかった。


 俺がワクワク体験しただけだった。


 

 ————————


 【あとがき】


 私も音楽でもっとワクワクしたい!


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