第48話 同じきっかけ

「鳴さんっぱねーっすね!」


 一曲合わせ終わると、アヤトさんはとってもフレンドリーに接してくれるようになった。


「いや〜アヤトさんこそ、音源で聴くよりも、神秘的な雰囲気で、めっちゃ感動しました」


「それは、鳴さんと窪田さんのサポートがあったからですよ」

 

 謙虚だな、アヤトさん……なんか、こそばゆい。


「どんな、練習したらあんな芸当ができるようになるんですか? 自分も結構こだわって練習はしてるんですけど、あんな風にできるイメージわかないです」


 練習か……、


「練習らしいことって基礎練しかしてないですけど、そいうことじゃないですよね?」


「そうですね!」


 ですよね。


 なんかアヤトさん、凄く前のめりだ。この貪欲さが今のアヤトさんを作ったんだろうな。


 とは言え……本当に特別なことはしていない。


「う〜ん、基礎練意外でやっていることと言えば……頭に浮かんだ音とか、聴いた音を頭の中で譜面にする練習ぐらいですかね」


「え……なんすか、それ……そんなことやってるんですか?」


「え、やってないの?」


「いや、やりたいとは思いますけど……出来ないっすよ」


「え……そうなの?」


 凛もアンもやってたから、皆んなやってるもんだと思ってた。


「そうですよ……」

(もはや、常識がずれている……日常が神業だから、彼にとっては特別なことでは無いということか……)


「そうでもしないと、父さんのレッスンに付いて行けなかったですからね」


「お父さん?」

(そういや、最初フルネームで名乗ってたけど、興味なかったから忘れちゃったな……こんな天才育てるなんて一廉ひとかどの人物なんだろうな)


「知ってるかな? 音無仁って言うんですけど……父さんはフラメンコギタリストだから、技術系を教えてくれる時は、譜面を使わないんですよ」


「へ……」

(え……今、鳴さんなんて言った? 音無仁って聞こえたけど)


「やっぱ、知らないですかね。フラメンコの世界では有名なんですけどね……フラメンコはマニアックなジャンルなんで」


(フラメンコってことは……やっぱり)


「……知ってます」


 ん? 声が小さくて聞き取れなかった。


「知ってますよ! むしろ、尊敬してます! って言うか、音無仁さんの動画を見たから自分はギターを始めたんです! 音無仁さんは自分のバイブルですよ!」


 お……おう、思わず気圧されてしまった。


 つーか、父さんがきっかけ?


「鳴さん! 自分は今、猛烈に感動してます……さっきのセッション、鳴さんと仁さんが重なりました。アプローチもプレイスタイルも全然違うのに……だからなんですね!」

(つまり、音無仁に追いつくには、鳴さんが言った神業を習得する必要があるってことだ……なんか燃えてきた)


「今まで、色んな人と合わせたけど、そんな風に言われたのは初めてです。さすがですね」


 アヤトさんが言いたいのは、僕の演奏にも父さんの血が流れてるってことだよね。なんか嬉しい。


「2人とも、盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ本題に入ってもいいかな?」


「「あっ……」」


 学さんを置いて、つい盛り上がってしまった。


 ——この後、ギタークリニックでやる内容を打ち合わせして、少しリハーサルを行った。


 スタジオ終わりに、僕とアヤトさんは連絡先を交換して、お互いを鳴、智也ともやと呼び合うようになった。


 智也はアヤトさんの本名。


 アヤトは綾瀬あやせ 智也ともや、彼の姓と名をもじったものらしい。


 何かのラノベの主人公と同じ名前の付け方だ。


 名前で呼び合う男友達なんて……他にはユッキーしかいない。なんか色々と嬉しい出来事だった。



 ——事務所を出るときに、


「「あ」」ばったり、祐希さんに会った。


「今日は終わりですか?」


「はい、鳴さんも?」


「はい、ちょうど終わったところです」


「じゃ駅まで、ご一緒しませんか?」



 ——そんなわけで、駅まで彼女とご一緒することになった。


「鳴さん……私も、鳴って呼んでいいですか?」


 事務所を出て最初の会話はこれだった。しかも僕も鳴さんって呼ばれるのは、こそばゆいと思っていた。


「いいですよ」


「ありがとう、ございます! 私のことも祐希って呼んでください」


「……はい」


 なんか、懐かしいな、この展開。僕の周りで音学やってる人は軒並み下の名前呼びだ。僕が呼び捨てするには抵抗はあるけど、このイベントは逆らっちゃダメなやつだと認識している。


「鳴……不躾なお願いなのですが、私専属のギタリストになってくれませんか?」


「え……突然ですね」


 専属ギタリストって……なんか、こんなやりとりも懐かしいな。

 

 ソメイヨシノの専属ギタリスト。


 音楽家としては非常に魅力的な提案だ。


 何てたって、彼女は既にメジャーデビューしている。


 しかも、今一番売れている女性シンガーソングライターと言っても過言じゃない。


 でも……、


「すみません、僕はもう専属契約はしちゃってるんです」


 僕には衣織がいる。


「……衣織さんですか?」


「うん……いつか、織りなす音で祐希に負けない感動的な曲をリリースする。それが今の僕の夢ですしね」


「……そうですか……じゃあ勝負ですね」


「はい勝負です」


 僕がこの勝負の意味を履き違えていたことに気づくのは、かなりあとのことだった。



 ————————


 【あとがき】


 鳴を取り巻く環境が、目まぐるしく変化してますね……本人はマイペースですが……。


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