第47話 神業 〜ayato視点〜

 子どもの頃になんとなくピアノを始めた。


 親がどうしてもと言うから、嫌々始めたのが本音で、ピアノが好きだったわけでも音楽が好きだったわけでもない。


 ジュニアコンクールで何度か金賞も取ったことから、ピアノに才能が無かったわけではないと思う。


 俺は、子どもながらに何か熱くなれるものを求めていた。


 残念ながら、僕にとってピアノはそれでは無かった。




 ……でも、親がピアノを進めてくれたことには感謝している。


 ピアノの経験はギターでも活かされているからだ。


 SNSでたまたま見かけたフラメンコギタリスト、音無仁。俺は彼のギターに心を奪われた。


 別にフラメンコが好きだったわけではないし、今も好きなわけではない。


 だけど、彼のギターはそういったジャンルの垣根を超えて、見るものを惹きつける何かがあった。



 __彼のようになりたい。





 俺は熱くなれるものを見つけた気がした。


 


 ピアノをやっていたアドバンテージは譜面が読めることと、音がわかること。


 基本的なギターの構造を把握するだけで、どのフレットにどの音が配されているかが分かった。



 そんなこともあり、俺はギターを習いに行かず、独学で始めた。



 バイブルは音無仁の動画だ。


 

 もちろん素人だった俺が音無仁の動画を見て、いきなりギターが弾けるようになるわけでもなく、それなりの形になるには相当の時間を要した。


 むしろ遠回りしたと言っても過言ではない。


 でも、俺はギターを上手く弾きたかったわけじゃない。俺は音無仁が作り出す音楽の世界を、もしくはそれと同等以上の世界を自らの手で造り出したかったのだ。


 俺はあらゆる角度から、彼の演奏を分析した。


 

 俺が音無仁になれないのは、最初から分かっていたが、彼のようになるには、何故、彼が他の音楽家と一線を画した世界観を造り出せるかを理解する必要があった。


 

 ……何度も何度も挫折しそうになった。


 今でも、彼を理解したわけではないし、彼に並んだとも思っていない。


 でもその中で手に入れた、今のプレイスタイルに、俺は誇りをもっている。


 一朝一夕で、この世界観を造り出すことなんて不可能だ。




 なのに何だこいつは……。



 俺のフレーズを、猿真似でなく、世界観ごと一度聴いただけでコピーしやがった。



 しかもただ、コピーしただけじゃない。


 輪唱のようにタイミングを少しずらし、ナチュラルディレイのような効果を持たせて、楽曲としての深みを持たせやがった。


 しかも、俺のソロギターに合わせてだ。


 ソロギターはバンドなんかと違い、正確なリズムを刻んでいるわけではない。奏者の感情に合わせて微妙にリズムが変化する。


 その中で、こんなアプローチをかけてくるだなんて……。



 神技だ……。



 冷静になって聴くと、この音数と絶妙なダイナミクス尋常じゃない。


 ……とても同じ楽器を扱っているようには思えない。



 しかも窪田さんにアイコンタクトで指示を送ってやがる。


 涼しい顔でそれに応える窪田さんも化け物だが、コイツはもしかして、その上を行ってるじゃないのか?


 ……つーか、高校生だろ?


 どんな練習をしたらこんな風になるんだ?



 圧倒的力量。


 俺が技術で彼に及ばない事はすぐに分かった。


 


 だが、これならどうだ。

 

 普通のギターではない、俺がピアニストだったからこそのアプローチと世界観だ。


 君についてくる事ができるか?





 __だが、彼はこともなげに僕の世界に入り込んできた。



 ……もう笑うしかない。



 彼がどんな努力をしてきたか分からないのに、この言葉を使いたく無かったが、あえて使う。



 彼は天才だ。

 


 音無仁と同類だ。




 俺は彼の品定めをやめて、彼と窪田さんのアプローチを楽しむことにした。


 俺の世界観、彼のトリッキーなプレイをバスと裏メロ中心で支える窪田さん。何というか……今すぐに窪田さんの域には行けないだろうと感じさせる大人な演奏だ。


 俺も彼もかなり尖っている。


 この尖ったプレイをアンサンブルとしてまとめ上げる懐の深さ。


 名プロデューサーと言われるわけだ。


 

 とてもスリリングな体験だった。


 楽器メーカーとのエンドース契約の一貫で受けたギタークリニックの仕事だが、彼と一緒なら楽しい時間を過ごせそうだ。


 多分俺は、今日のセッションの事は一生忘れない。



 ————————


 【あとがき】


 息子ですから!


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