第45話 交渉

「鳴さんをください」


『『はあ——————————っ?』』


 何言ってんだ、この人……。


 僕のレンタル交渉のために、学さんが衣織に連絡すると、皆んなまだ、事務所周辺でミーティングしていたらしく、交渉は即行われることとなった。


 時枝の話は長いから、そんな気はしていた。


 いや、そんなことよりも、僕をくださいとか……聞いてないよ。


 祐希さん、どう言うこと?


「ねえ鳴、これはどういうこと?」


 それは僕が聞きたい……、

 つーか、今までも衣織に笑顔で威圧されることはあったけど、過去に類を見ないほどの威圧感だ。


「師匠、裏切りっすか! 見損ないましたよ!」

 

 裏切ってないし! 決めつけないで時枝! まず僕の話を聞いて!


「サイテー」


 一言で僕の心をえぐる穂奈美。君もまず事情を聞いてね。


「え……鳴くん、結婚するの? ……おめでとう、陰ながら応援んしてるよ」


 詩織さん……もし仮にそうだとしたら、交渉相手間違えてるから! いや、そもそもそれを言うのって男でしょ! つーか衣織と婚約してるの知ってますよね?


「ちょ、ちょっと待って皆んな、そうじゃないんだ、だよね? 祐希さん?」 


『『祐希さん!』』


 下の名前で呼んだことが気に食わないみたいだけど、皆んな最初から下の名前だったよね?


「いえ、言葉通りです。私、鳴さんが欲しいです!」


 な……なんでこうなった。


 学さんはニコニコしながら、祐希さんの暴走を見守っている。絶対楽しんでいるよね。


「取り敢えず、聞かせてくれるかな? 鳴」


 衣織の眉がピクピクしている。こんなの初めて見た。


「違いますよ、衣織さん。今、話してるのは私ですよ」


 うお……バチバチと火花が散ってる気がする。


「いいえ、祐希さん。まず、鳴の意思を確認しておきたいの……こう言うのは本人の意思が大事でしょ」


 衣織……平静を装っているが、語気の強さで怒りがにじみ出ているのがわかる。


「もちろん了承は得てます。窪田先生にも」


 ちょっ! そんなこと了承してないから!


「本当なの鳴……」

 

 何段階か低いトーンで僕を問いただす衣織。


 なんて冷たい目だ……蛇に睨まれたカエルの心境とでも言えばいいのだろうか。そしてその視線は学さんにも向けられた。めちゃくちゃ怖いです。


「違うよ! 僕はそんなこと了承してない!」


「……いや、流石にそれは」


 僕も学さんも即座に否定した。

 

「あーあ、流石に無理があったか……あわよくばと思ったんだけど」


『『えっ』』


「ごめんなさい皆さん」


 僕たちの返答で祐希さんが、みんなに深々と頭をさげた。そして皆んなきょとんとしていた。


「どう言うことなの?」


 すかさず衣織が突っ込む。


「……鳴さんって押しに弱そうでしょ? 有耶無耶にして押し切れないかなぁと思って」


 悪びれる様子もなく祐希さんが答えた。


『『なるほど』』


 え……。


 織りなす音の面々は、その一言だけで納得したみたいだった。


 なんか納得できないけど……今言うと、一波乱起きそうだからやめておいた。むしろまだ、一波乱中だし。


「——ごめんさい、改めてここからが本題なのですが……」


「鳴をライブに貸して欲しいってこと?」


 こうなるともう、衣織は全てお見通しのようだ。


「そうなんです。同じ事務所とはいえ、バンドメンバーをお借りしたいなんて、身勝手なお願いなのですが」


 詩織さん以外、難しい顔で考え込んでいた。


「一曲だけでいいんです。どうかお願いします」


 祐希さんは改めてみんなに頭を下げた。


「一曲だけなら私はいいわよ」「あーしも」「私も」「私も」


 みんなあっさりとレンタルを認めてくれた。


「ファーストライブで鳴が全曲ってなると……ね」


 何か含みのある衣織の言葉だった。


「同じ事務所だし、その……祐希さんのことは応援してたから」


 衣織が、ファンの顔になってる。


 そういえば、最初の騒動で忘れそうになっていたけど、衣織はソメイヨシノのファンだったんだ。


「それに、ウチにもソメイヨシノと同じステージに立ったギタリストがいるってメリットがある」


 僕はその辺は考えていなかったけど、穂奈美の言う通りだ。


「あー……でも、最後の曲にした方がいいっすよ」


「「「確かに……」」」


 祐希さんと衣織と穂奈美が同意して、学さんはニコニコしていて、詩織さんは小首を傾げていた。


「じゃぁ、祐希さんのファーストライブ、みんなで盛り上げましょ」


「皆さん、ありがとうございます!」


 衣織がいい具合に締めて、綺麗に話がまとまった。


 一時はどうなることかと思ったけど、丸く収まってよかった。


「あの、鳴さん」


 帰り際に祐希さんに呼び止められた。


「連絡先、交換してもらってもいいですか」


「あ、そうですね。リハもありますもんね」


 特に断る理由もないので、僕たちは連絡先を交換した。




 ——そして、家に帰ってから衣織に意味深なことを告げられた。


「祐希さんのこと、傷つけないように気をつけてね」


 ライブでしっかりサポートしてやれってことだろうか。


 この時の僕は、衣織が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。




 ————————


 【あとがき】


 丸く収まってよかったDeath!


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