第44話 表現力の化け物 〜ソメイヨシノ視点〜

 かつて私は、窪田先生のピアノを生で聴いて衝撃を受けた。


 曲も良かったし、音色も好きだったけど、それだけじゃない。


 ピアノ一つで色んなアンサンブルを生み出す、先生の演奏に心惹かれたからだ。




 ……ピアノは無限の可能性を秘めている。


 そう信じて疑わなかった。



 でも、それは間違いだったと今日気づいた。


 無限の可能性を秘めていたのはピアノではなく窪田先生だった。もっといえばプレイヤーだ。


 今、私の目の前でギターを弾く彼が、それを証明している。


 彼がギターで奏でるアンサンブルは私の創造の遥か先を行っていた。これこそが無限の可能性だ。


 予想だにもしなかった彼のフレーズに私の心が震える。


 そればかりか彼のフレーズは、私を優しく抱きしめるかのように包み込んでくる。


 なんなの……この包容力は。


 そして、この安心感は……。


 彼のギターが、この曲のあるべき姿にエスコートしているように感じた。



 そして、私の歌も……。


 

 声、歌い方、詞の世界、全てがマッチングしていて、濃密に絡み合う。


 その結果、普段よりも感情を込めて歌うことができた。


 なんなの? これが私の歌? 私って、こんなにも大人っぽい歌いかたが出来たの?


 なんで、今がレコーディングじゃないの?


 今レコーディングしてたら最高のパフォーマンスを収録できたのに……残念だ。


 展開が変わり、彼のギターが一歩引いた。


 さっきまで、グイグイ絡んでくれていたギャップもあり、なにか寂しさすら感じてしまった。

 

 でも、サビに入ると彼は私の背中を強く押した。


 歌が伴奏に支えられる感覚を味わったことは、これまでもあった。


 でも、こんなにも伴奏に支えられていると、感じたことはなかった。


 単に歌いやすいだけじゃない。


 気分が高揚して普段よりも力が発揮できている。


 このスタジオには、私と先生と彼しかいない。


 なのに目を閉じると、大観衆からの声援を浴びているように感じた……本当になんなのこれ!


 そして曲のクライマックスに近い付いてくると彼は、グイグイと私の歌をひっぱりはじめた。



 ……そして私は解き放たれた。



 翼が生えたように感じた。


 自由だ。


 私の音楽の世界で、私は自らを解放した。


 気持ちいい……こんな爽快感を、リハーサルで味わえるなんて……。


 なんて貴重な体験をしたのだろう。


 そして曲が終わった頃には、私はどっと疲れていた。


 一曲でこんなにも消耗したのは初めてだ。


 彼のギターは歌詞の世界を完璧に再現していた。


 私が感情を込めやすいように、しっかりとサポートしてくれていた。


 彼は表現力の化け物だ。


 私は彼ほどの表現力をまだ持ち合わせてはいない。


 本当に世の中……上には上がいるもんだ。




「——どう、祐希ちゃん、ライブのなんたるかが分かった?」


 あ……先生が言っていたのはこういうこと。


「なんとなく、体験したかな? って感じです」


「これは病みつきになるから気をつけてね」


 それは……分かるような気がする。


「祐希さん……歌いにくくなかったですか?」


 は? 歌いにくい? あの伴奏で? そんなやつ居るの?


 ていうか彼……演奏している時とはまるで別人ね。


「そんなことないですよ、めちゃくちゃ歌いやすかったです!」


「そうですか、良かった」


 ……お……おう……ヤバイ、そんな少年のような笑顔を私に向けないでほしい。


 窪田先生と楽しそうに談笑する彼。


 本当に音楽を純粋に楽しんでいる少年のようだ。


 私のファーストライブ……彼にギターを頼めないかな。


「……」


 こんなチャンス、滅多にない。


 私にとってとても大事なファーストライブ。


 新曲だけでもいいから、彼にギターを弾いてほしい。


 これは頼むしかないよね!


「あの鳴さん!」


「あ、はい?」


 う……ダメだ……やっぱ頼みにくい。


 私って、こんなにヘタレだったの?


 今言わないと、絶対後悔するって分かってるのに……。


「祐希ちゃん、もしかして、ライブで鳴くんに弾いてほしいんじゃない?」


 ナイス先生!


「え……」


 何よ、『え……』って嫌なの?


「僕なんかにですか?」


 あ……この子、自己評価が出来ない子の典型だわ……僕なんかじゃなくて、僕がいいの!


「最初に合わせた一曲だけでいいんです! あの曲を納得いく形で歌い切れたのは今日が初めてなんです」


「うーん、そうだね鳴くんには演奏の仕事も受けてもらってるし、同じ所属だから会社的には問題ないよ。一曲だけなら鳴くんのパフォーマンス的にも大丈夫と思うけど、織りなす音もファーストライブだからメンバーに許可を取っておく必要はあるね」


「あ、そうですね、僕も学さんと同意見です」


 ま、そりゃそうよね。


 彼にもバンドがあるものね……でも、


「では、私がメンバーに許可をいただけば大丈夫ですか?」


「うん、それでいいと思うよ。日取りは僕がセッティングするよ」


「ありがとうございます!」


 なんだろう……嬉しい。


 彼と一緒のステージに立てるだなんて……。


 この時の私は、この昂る気持ちが何なのか分かっていなかった。

 


 ————————


 【あとがき】


 場外戦開始です。

 でも次回は!


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