第43話 感情表現の化け物
祐希さんとのリハーサルは続いた。
一曲目こそ未発表の知らない曲だったけど、そこからの曲は僕のミュージックライブラリーにも入っている、有名曲のオンパレードだった。
どの曲もそうだけど、彼女の曲に僕は激しく同調してしまい、感情が揺さぶられっぱなしだ。
ギターを演奏していて、こんなにも心が揺れたのは初めてだ。
世の中に名曲と言われる曲は数え切れないほどある。でも、ヒットする曲はその中でも一握りだ。流行り廃りはあるけれど、世代を超えて語り継がれる名曲もある。
彼女の曲はきっとそんな曲になる。
そんな予感がした。
こんなにも感情が揺さぶられてしまったら、彼女の曲を忘れることなんて出来ない。
何年経っても、歌詞と同じようなシチュエーションが来ればきっと彼女の曲を思い出す。
彼女の曲はそんな曲だ。
——そして、いよいよ次の曲が、今日のリハーサル最後の曲。
彼女をスターダムにのし上げた、ドラマのタイアップ曲だ。
僕なんかが、この曲を演奏していいものか……恐れ多さすら感じてしまう。
「あの……鳴さん」
な……鳴さん、違和感しか感じない呼ばれ方だ。
「……はい」
「今日はありがとうございました。本当に勉強になりました」
祐希さんは僕に深々と頭を下げた。勉強になっただなんて……。
「いえ、それはむしろ僕の方です! 祐希さんの曲はどれも素敵で、その……つい入り込んでしまって、足を引っ張ってしまったんじゃないかと心配していました」
「そんな事、ないです! 鳴さんのギターはとても素敵でスリリングで、同じミュージシャンとして、学ぶところが多かったです」
僕みたいな無名のギタリストに気を遣ってくれるなんて……凄く謙虚な人だ。それも人気の一因なんだろうな。
僕は照れ臭くて、思わず頭の後ろをポリポリと掻いてしまった。
「鳴さん!」
「はい!」
やっぱり鳴さんと呼ばれるのは違和感しかない。
「次の曲は私にとって、とても大切な曲です」
彼女の代表曲なんだもんな……きっちり再現してあげないと。
「だから、最初に合わせた曲みたいに、原曲にとらわれないで、鳴さんの本気をぶつけてみてください!」
ぼ……僕の本気? それは再現じゃなくて、僕なりのアレンジを加えろって事?
つーか、彼女に取ってとても大切な曲に?
……ハードル高え……。
「それ良いね、凄く興味あるよ……僕もその案にのった!」
「先生、ありがとうございます!」
外堀埋められた……。
「分かりました……やってみます」
「鳴さん、ありがとうございます!」
……なんだろう。
今日、学さんに誘われた時は、こんなにもプレッシャーを感じる場面に遭遇するなんて……思ってもみなかった。
でも……めっちゃラッキーだ。
ソメイヨシノのヒット曲を本人とそのプロデューサー公認で好きにアレンジ出来るのだから。
「ちょっとだけエフェクトいじっても良いですか?」
「はい」「お、鳴くんが機材のセッティング変えるなんて珍しいね」
「ちょっと、面白いアレンジが思い浮かんだので」
「期待してるよ」
——そして、僕のセッティングが終わると、今日最後のリハーサルが始まった。
エフェクトの設定を変えた理由は、バイオリン奏法をするためだ。
今の時代、バイオリン奏法をするギタリストなんて殆ど居ないけど、この奏法はギターとは思えない、何とも言えない独特な音色を奏でる事ができる。
でも、ただ単にバイオリン奏法をするだけでは古臭さのみが前面に出てしまう。
だからエフェクトのセッティングを変え、ディレイ効果で幻想的かつ、今風の雰囲気を醸し出せるようにした。
……学さんも、祐希さんも僕のフレーズに目を丸くして驚いている。
ちょっとトリッキーすぎるかもしれないけど、絶対ハマるから許して欲しい。
雰囲気重視にした分、祐希さんは歌いにくくなるかもしれないが、一番歌い込んでいる曲だろうし、祐希さんほどの実力があれば問題ないはずだ。
——しかし祐希さんの歌が入り、驚かされたのは僕だった。
祐希さんの歌が濃密に僕のフレーズと絡み合う。
……愛し合う2人が指を絡めるように。
なんかこれは……ちょっと衣織に引目がある……。
でも……思った通りだ。
祐希さんの声、歌唱法、全てがマッチングしている。
やばい、鳥肌が立って来た。
僕の音楽の新たな可能性が広がった気がした。
しかし……祐希さんの歌……なんて色っぽいんだ。
大人の女性の魅力?
いや、そんな単純なものじゃない。
愛の強さ、想いの強さのようなものが歌に込められている。
祐希さんは感情表現の化け物だ。
今の僕達に足りないものだ。
以前学さんが衣織に向けて言った『端的に言ってしまうとまだチープなんだよ』
あの言葉は、衣織にだけ向けられたものではないと僕は思っている。
その一因は僕にもある。
感情表現の化け物から、その感情表現をパクる。
これが今日最大のミッションだ。
————————
【あとがき】
次回は再びソメイヨシノ視点で、最後の曲を!
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