第42話 祐希の衝撃 〜ソメイヨシノ視点〜

 私はピアノが好きだ。


 まあ、それには初恋が深——く絡んでいるのだけれど、今はそれに触れないでおこう。


 窪田先生は私の憧れのピアニストだ。


 先生に声を掛けられなかったら、私はソメイヨシノとしてデビューすることもなかったと思う。


 先生のピアノで歌うことが、今の私の幸せだ。

 

 ……久しぶりに先生のピアノで歌えるチャンスだったのに。


 誰よあいつ!……っもう!


 ……私の前座のバンドのギタリストって言ってたわね。


 その前座君がなんで先生とあんなにも親しげなの?


 なんであんなに先生からの評価が高いの?


 うぅぅぅぅ……彼にはなんの恨みもないけど……この空間に彼が必要ないってガツンと分らせてあげるわ。


 先生のピアノと私の歌で……。


 そして……先生のピアノで至高の世界へ……。



 えへへ。



 あ……ダメだ、考えただけで、よだれが……。


 今は先生の前だし気を付けないと!


「祐希ちゃん、僕たちはいつでもいいよ、君のタイミングではじめてね」


「あ、分かりました」




 今から合わせる曲は歌リードの未発表曲。


 先生は私のタイミングでも大丈夫だろうけど、彼は大丈夫なの?


 お願いだから、先生との至福の共演に雑音を流さないでよ……。


 ん……。


 って言うか、君……何でそんなに先生と見つめ合ってるの? もしかしてふたりは……?






「……」






 ダメだダメだ……余計な妄想をしちゃったら曲に入れない。


 集中、集中!


 こんなにも私の心を掻き乱して……もしつまらない演奏したら、前座もキャンセルさせるんだから!





 ——でも、それは杞憂だった。


 な……何で?


 この曲は未発表曲なのよ?


 いくら、プロだからって、楽譜も無しであんな簡単な打ち合わせだけで、こんなにも完璧に合わせられるものなの?


 先生のアレンジも前と少し変わってる……もしかして、彼のフレーズに合わせたの?


 って言うか……何なの2人のこの伴奏。


 神レベル。


 めちゃくちゃ歌いやすいじゃない。




 これが私の曲なの?




 ……この曲が詰まりきってなかったのは本当だ。だから予定を間違えたフリをしてまで、先生と接触して何とか形にしたいと思っていた。




 なってるじゃない?



 形に……。



 凄い……凄い、凄い、凄い!


 これが、あんなにも苦しんでいた、曲なの?


 まるで、最初からこんな風にアレンジされるのが、決まっていたみたいじゃないの!


 先生と彼の演奏は驚愕だった。


 ただ、驚くしか出来なかった。


 私の歌が、2人の伴奏によって持ち上げられ、私の感情が、2人の伴奏によって自然に昂る。

 

 これが、先生の言っていた、世界を股にかけるギタリストのプレイなの?


 私と同じ、高校生がこのレベルの演奏をするの?





 2人の伴奏によって私の歌が変貌を遂げる。


 ボロをまとった貧しい少女が、パーティー会場で美しいドレスに身を纏い、脚光を浴びるシンデレラストーリーの主人公のように。


 なに、このギタープレイ。


 何でもっと、早く現れてくれなかったのよ——っ!





 私の王子様!



 

 でも、楽しい時間はあっという間に終わる。


 私は終わりたくない!


 まだまだ、この音楽に浸っていたい!



 ……。



 でも、至福の時は終わった。



 とてもスリリングな時間だった。



「どう? 祐希ちゃん、きっかけは掴めたかな?」



 きっかけ……。


 きっかけって何?





 ……あっ。



 だからか……だから先生。


 

 この場をセッティングしたのね。



 て言うか何なの! 何で彼は先生からあんなにも信頼されてるの?



 文句のひとつでも言ってやろうかしら。


 私は彼のもとへ歩みを進めた。


「めっちゃいい曲でしたね」


 え……。


「君……」


 彼は、泣いていた。


「あれ、どうしたんだろう……なんか同調しちゃって涙が」


 同調……それほどまでに私の音楽に入り込んでいたということなの?


 私は涙を流すほど、自分の音楽の世界に入り込んだことがあっただろうか。


 ……これが、彼と私の実力。


「君、もう一度名前教えてくれる?」


「音無です。音無鳴です」



 音無鳴……。


 どこかで聞いたことのある名前。


 でも、もう忘れない。


 


 音無鳴。



 君が私の心に火をつけたんだからね。



 ————————


 【あとがき】


 無自覚男がまたやってしまいました……。


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