第41話 サクラユウキ
彼女は、僕たちがスタジオに入ってきた事に気付いていなかったのか、そのまま歌い続けていた。
な……なんて切ない歌なんだ。
歌の世界に、歌詞の世界に、彼女の世界に引き込まれてしまう。
同じミュージシャンとして嫉妬すら覚えてしまうほどの、圧倒的な感情表現。
……売れるわけだ。
売れっ子アーティストと、まだデビューも果たせていない僕たちとの違いを、僕は肌で感じた。
彼女は僕たちに足りないものを持っている。
技術や音楽論だけでは片付けられない、根っこの部分を……。
一節一節が心に響く。
そして、彼女の歌が終わる頃には、僕は一筋の涙を流していた。
……音楽を通じて彼女の世界と同調したようだ。
やばい……やっぱメジャーのアーティストはすごい。
「パチパチパチ」学さんの拍手で彼女はやっと僕たちの存在に気付いた。
「あ、すみません先生。空いていたもので、つい勝手に使わせていただきました」
ソメイヨシノ……黒髪を後ろで一つに束ねた眼鏡っ子だった。売れっ子なのに随分地味な印象を受けた。
「いいよ、僕たちも勝手に使おうと思って来ただけだから」
……つーか学さん、なんで先生って呼ばれてるんだろう。有名作曲家だから? 僕も先生って呼んだ方がいいのかな。
「あ、そうだ。丁度いいから紹介しておくよ、彼は君のファーストライブでオープニングアクトを務めてくれる『織りなす音』のギタリストの鳴くん」
「はじめまして、音無鳴です。よろしくお願いします」
「はじめまして、
桜 祐希……それが彼女の本名なのか。
「あの、音無さん、私のことは祐希と呼んでください。カメラマンの佐倉さんとかぶりますので……」
「分かりました」
珍しい苗字がかぶるって珍しい。
「鳴くん、もうわかってると思うけど彼女がソメイヨシノだよ」
「それはもう……歌を聴けば」
「君と同じ、高校生だよ」
「え! まじっすか!」
確かに見た目で若いなって思ったけど……まさか高校生とは。
「そういえば、祐希ちゃん、今日はなんで事務所にいるんだい? 君との打ち合わせは確か明日だったはずじゃ?」
もじもじする祐希さん。
「あの……それが……日程間違えてしまいまして」
まさかの、うっかりさんだった。
「なんだ、そうだったのか、だからマネージャーもいないんだね」
「はい……」
「じゃぁ、これから時間あるよね?」
学さんの表情がパッと明るくなった。
この展開はまさか。
「ええ、まあ」
もじもじ答える祐希さん。
「じゃぁ軽く僕たちとリハーサルやらない?」
やっぱりだ……。
「いいんですか!」
随分前のめりだ。そりゃ学さんと合わせられるとなれば、そうもなるか。
「あ……でも、スコアないですけど」
「大丈夫だよ。僕は頭に入ってるし、鳴くんにはキーとサイズだけ伝えておけば問題ないよ」
え……またハードルを上げるようなことを。
ま、ソメイヨシノさんの曲なら僕も頭に入ってるから大丈夫だけどね。
未発表の曲はきついけど……。
「せっかくだから未発表の曲にするかい?」
またそんなことを……。
「先生さえよければ是非!」
僕には聞いてくれないんだ。
「いけるよね? 鳴くん」
できれば……既存曲が良かったのだけど……。
「……はい」
子どものように目を輝かせている学さんを見ると、断れなかった。
「あの……できれば私……先生と2人だけで合わせてみたいです! まだ詰まりきってないところもあるので」
……祐希さん的には僕はメンバーに含まれていなかったのね。
「いや、だからだよ。鳴くんと合わせればきっとヒントになるよ。それに彼はライブのスペシャリストだから、彼と合わせれば、ライブのなんたるが分かるよ」
またハードルを上げるようなことを……。
祐希さんは少し考えて「わかりました……先生がそこまで仰るのなら(な……なんなのこの高評価)」渋々了承してくれた。
まあ、デビュー前の僕と彼女では格が違うから仕方がない。
「よし、鳴くん、メジャーアーティストとしては彼女が先輩だけど、ミュージシャンとしては君が大先輩だ。遠慮なく世界をまたにかけた君のプレイを彼女に体験させてやってくれ」
「え……」
学さんにしては、なんか挑発的なセリフだ……何か狙いがあるのだろうか……もしかして、学さんは僕と彼女をわざと引き合わせたのか?
「世界をまたにかけた……(私と同じ高校生で世界をまたにかけたギタリスト? ていうか、先生がそこまで認めているって……何者なの?)」
様々な思惑が交錯しながら、僕たちのリハーサルが始まった。
————————
【あとがき】
安定の展開……やっぱりこうなりますよね!
次回はいよいよソメイヨシノとのリハーサルという名のセッション!
週末には公開できると思います!
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