第40話 ソメイヨシノ
ソメイヨシノ。
桜のことではない。
今、売れに売れまくっている、事務所の先輩の女性シンガーソングライターのことだ。
彼女の詳細なプロフィールは事務所からも公表されておらず、私生活はもちろんのこと、ルックスから年齢に至るまでの全てが謎のベールに包まれている。
そんな彼女を一躍有名人にしたのは、昨年春に放送されていた人気ドラマの主題歌だ。その当時、彼女は無名だったにもかかわらず、その切ない歌声は多くの人の心を鷲掴みにした。
もちろん僕も彼女の歌は知っている。残念ながら生で聴いたことはないけど、衣織と同じタイプの本格派シンガーで、感情表現の豊かさは衣織の上を行くと個人的には思っている。
彼女の歌からは一貫してひとりの異性への慕情がヒシヒシと伝わってくる。
胸も目頭も熱くなる歌なのだ。
「——で、学さん、そのソメイヨシノさんがどうしたのですか?」
「ああ、君たち『織りなす音』にソメイヨシノのファーストライブのオープニングアクトをやってもらおうと思ってね」
『『え————————っ!』』
オープニングアクト……ソメイヨシノの……しかも、ファーストライブ。
「ま……マジっすか!」
時枝はいかにも時枝らしいリアクションで驚き……。
「ソメイヨシノ……うそ」
穂奈美はガチで驚き……。
「ん? ん?」
詩織さんは、留学していたせいか、なんだかよく分かってなくて……。
「ソメイヨシノ……パパ、本当なの?」
そして、衣織はなんだかソワソワしていた。
「嘘なんて言わないよ、もちろんギャラはでるから」
ソメイヨシノのファーストライブに参加出来て、ギャラまでもらえる……なんて最高なんだ!
今日、僕達『織りなす音』は学さんからの仕事の話があるからと言うことで事務所に集まっていた。
仕事の話って何だろうと思っていたけれど……まさかイキナリこんな大役を任されるとは……。
「まあ、そんなに大きなホールでやるわけじゃないから気軽にね」
いや、ホールの大きさの問題じゃないでしょ。
「で、パパ日程は?」
「4月1日だよ、まだまだ時間があるね」
学さんの言う通りまだまだ時間はある。それまでに、是非とも新曲を間に合わせたい。
「まあ、話はそれだけだよ、詳細は後日また連絡するよ」
『『はい!』』
ソメイヨシノの生歌に大観衆の前でのライブ……ダメだ、今からワクワクが止まらない。
「ど……どうしたの鳴? 今から緊張してるの?」
「違うよ衣織、今から楽しみで仕方ないんだ」
「流石師匠!」
「音無くん心臓に毛が生えてる?」
「鳴くんは昔から大舞台に強いもんね」
時枝と穂奈美の表情が固い……流石の2人も、ソメイヨシノとの対バンは緊張するようだ。
そして意外だったのが、僕に緊張してるの? なんて言いながら、衣織の表情が2人よりも固かったことだ。
でも、この衣織の表情の固さは見覚えがある。
「ねえ衣織、もしかしてソメイヨシノのファンなの?」
「うん……」
衣織は小さく頷いた。
やっぱりだ。
僕の告白から逃げていた、あの頃の衣織みたいだ。
何か懐かしい気分になった。
「——そうだ、鳴くん、もし時間があるならちょっと付き合って欲しいんだけど」
特に予定はないから、時間はあるっちゃある。でも、時枝がウズウズしているだろうから、ミーティングをしようと思っていたけど……。
「良いよ鳴、今日は女子トークで盛り上がるから」
そんな僕の様子を察してか、ウィンクで行っておいでと促してくれる衣織。本当によく出来た彼女だ。
「時間出来ました……」
「よし、じゃあスタジオに行こう。ちょっと合わせたい曲があってね。セッション形式で良いよ」
やっぱりか。
「このギター使ってね!」
学さんは準備万端だった。
そんなわけで、久しぶりに学さんとセッションすることになった。
つーか、地味に学さんと2人でセッションするのは初めてじゃないだろうか。
——改めて思う。
僕はなんて贅沢な環境に身を投じでいるのだろうか。
本気で音楽を志す人間なら窪田学とのセッションなんてお金を払ってでもお願いしたいぐらいだ。
でも、僕はその学さんから誘われる。
これを贅沢と言わずして何を贅沢というのだろうか。
「Aスタに行こう、二人で合わせる機会なんて滅多にないんだ、グランドピアノで合わせたいよ!」
なんか嬉しい言葉だ。
だがAスタには、先客がいた。
つーか……この声は……。
Aスタの先客は……。
ソメイヨシノだった。
グランドピアノをバックに、ソメイヨシノの切なくも力強い歌声が響く。
————————
【あとがき】
ここから織りなす音、そしてギタリストとしての鳴のライバルが登場してきます。
第一弾、ソメイヨシノです!
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