第39話 鳴と衣織の織りなす音
今日は窪田家にお邪魔している。
学さんも佳織さんも詩織さんもお出かけだ。
つまり衣織と二人きり……チャンスだ!
……ていうのは冗談で、スタジオに籠って、例の合作を仕上げるつもりだ。
衣織はどうしてもセッションベースで、作曲したかったらしい。
実は昨日の夜も、衣織はスタジオに誘いにきたのだ。
同じ目的で、同じ方向に向いていたにもかかわらず、僕たちはケンカした。
どんなに身近な存在であっても、言葉で伝えることの大切さを思い知った出来事だった。
でも、矛盾しているかもしれないけど、衣織がどんな気持ちで僕をスタジオに誘ってくれたのかは、言葉にしなくても分かる。
僕と衣織が積み上げた二人の時間の原点は、セッションだったからだ。
……僕は衣織とのセッションで、次のステップに進むことができた。
……衣織は僕とのセッションで、仲間と音楽をする道を選んだ。
僕と衣織にとって、二人きりのセッションは大きな意味を持つのだ。
それにしても、一緒に住んでいるのに、一緒のバンドで活動しているのに、衣織と二人で合わせるのは随分久しぶりだ。
当たり前が当たり前じゃなくなったから特別になる。
そんなチープなものではないが、今、この時間は特別だ。
……それは衣織の目を見ればわかる。
衣織は僕を作れないスランプから救い出してくれた。
だから今度は僕が、衣織への想いをたっぷり込めた演奏で、彼女を書けないスランプから救い出す。
「衣織、ウォームアップしてもいい?」
「うん、先にやってて」
ウォームアップの曲はもちろん。
僕と衣織が一番最初に合わせたあの曲だ。
今の僕ならあの頃より上手く弾ける。でも、上手い演奏は必要ない。
必要なのは、感情を揺さぶる演奏だ。
——僕は衣織と初めて合わせた時のように、シンプルなアルペジオを奏でた。
僕の考えに気付いたのか、衣織はスタンドの調整を止め、僕の方を見て微笑む。
イントロはあの頃のサウンドを忠実に再現した。
過去を振り返るためではない。
僕たちの歩みを確認するためだ。
衣織の体が小刻みに揺れている。
きっと来る、衣織はウォーミングアップとは言え、ワンコーラス目から入ってくるはずだ。
衣織がマイクを構える。
僕の目論見通り衣織はワンコーラス目から入ってきた。でも……。
……こ、この歌は。
この歌い方は今の歌い方じゃない。あの当時の歌い方だ。
くそ、この天才め、僕と同じことをしないと気が済まないってのか。
このセッションは僕がリードしようと思ったのに、今の歌で気持ちの余裕がなくなっちゃったじゃないか。
……でも、その方が僕らしい。
衣織と出会ってからの僕は、常に本気で音楽にぶつかってきたのだから。ガチガチのバトルだ。
——曲の展開が変わったところで僕は仕掛けた。
ただ当時の演奏を再現しているだけじゃ、面白くない。
徐々に、徐々に今の演奏に近づける。僕たちの歩みを確認するかのように。
衣織には悪いけど、僕も天才だ。音無仁の息子で、音無凛の兄貴で、窪田衣織の彼氏なんだ。
仕掛けたバトルで不甲斐ない姿は見せられない。
だがそれでも、僕の音の変化に衣織は対応する。
もう……これが音楽的に優れているかどうかなんて、今の僕たちには関係ない。
僕と衣織は今、お互いの才能をぶつけて、音楽を通じて戦っているのだから。
……ヤバい楽しい。衣織との織りなす音が五感を強く刺激する。
僕はこんな気持ちでギターを弾いたことがあったのか?
契約や、ギターの仕事、メジャーデビュー、ミュージックビデオ撮影。
確かに最近は色んなことがあり過ぎて、僕自身、音楽を楽しむのを忘れていたのかも知れない。
でも……ギターを弾いていて、こんなにも高揚感があるのは初めてだ。
だが、そろそろ、サビだ。
この時間も、もう終わる。
——衣織、僕の全てを君にぶつける。
だから衣織も……。
言わずもがなだった。
心を揺さぶるサウンド。
自然にあふれる笑顔。
僕たちは、目に見えない何かに縛られ過ぎていたのかも知れない。
これが、僕と衣織の織りなす音だ。
***
ウォーミングアップだというのに、随分疲れてしまった。衣織と顔を見合わせて笑ってしまった。
「なにしてんのよ、鳴」
「それは衣織だって」
「だって、あんな風に挑発されたら……ね?」
「僕は衣織の彼氏だよ、たまには格好付けさせてくれてもよかったんだよ?」
「知ってる……」
衣織がマイクを置き、僕の元まで歩みを進めてきた。
僕もギターを置き、衣織を抱きしめた。
「鳴は、ずっと格好良かったよ」
そして、衣織は熱いキスをプレゼントしてくれた。
僕は今日、やっと本当の意味で自分の音楽を見つけた。
そしれこれからも、衣織と一緒に、仲間と一緒に高め合っていくだろう。
幼馴染にフラれた僕が学園のアイドルと付き合ってメジャーデビューを目指す。
これは僕たちの人生の序章でしかないのだから。
————————
【あとがき】
一旦本編終了です。
ご愛読ありがとうございました。
しかし!
完結ではありません!
お待たせするかもしれませんが、この先の話も公開します。
気長にお待ちいただけると幸いです。
本作が気になる。応援してやってもいいぞって方は、
★で称えていただけたりフォローや応援コメントを残していただけると非常に嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます