第36話 スランプとリフレッシュ
衣織と曲を作ろうと約束した日から僕は、スランプに陥った。
まあ、僕如きがスランプって言葉を使っていいかとかは置いといて、何も思い浮かばなくなってしまったのだ。
フレーズ単位でどうのではなく、曲のテーマがまるで出てこないのだ。
『衣織なしで僕の音楽は完成しない』なんて格好をつけておいて何も出てこないのだ。
これがプレッシャーってやつなのだろうか。
ギターを構えては、ただうんうん唸る日々が続いている。
「調子はどう?」
衣織も僕のそんな様子を心配してくれているが……。
「ダメだ……なんも思い浮かばない」
「まあ、皆んなも言ってた通り時間もあるし、まだ新曲を作るフェイズじゃないし、焦らないでじっくりやろ?」
「うん……」
でも、焦るなと言われてもそれは無理な話しだ。だって今作ろうとしている曲は合作だ。
僕が詰まると衣織も詰まる。悠長なことは言っていられない。
「ねえ鳴」
「うん?」
「鳴は音楽で何を表現したいか考えたことある?」
音楽で表現したいこと……。
そんなのあるに決まって……。
あれ……。
何だろう……改めて言われると出てこないぞ。
え、こんなことって。
もしかして……僕は音楽で表現したいことが無い?
「衣織はあるの?」
「私はあるよ」
あるんだ……っていうか僕。
音楽家として音楽で表現したいものがないってやばくない?
いやいやいやいや、ちょっと待て……諦めるにはまだ早い。
頭をよく整理しよう。
僕がギターをはじめたきっかけは何だ?
……父さんだ。
父さんに憧れてギターを始めたんだ。
で、のめり込んだ理由はなんだ。
……愛夏だ。
愛夏に格好をつけたくてのめり込んで行ったんだ。
子どもの頃、あんなにもギターを頑張っていた理由はなんだ?
コンクールで優勝すると皆んなが褒めてくれるから?
チヤホヤされるから?
つまり……。
……承認欲求か……。
まあ、薄々気づいてはいたけど、あの頃僕にとってギターは、承認欲求を満たすためのたった一つの手段だったんだ。
だからたった一回の失敗で、アンに負けただけで、夢が破れたんだ。
衣織の一言が僕の核心に迫る。
じゃぁ、一度ギターを辞めた僕が今ギターを弾いているのは何でだ?
……衣織だ。
衣織のバックでギターを弾いてみたかったんだ。
その願いは満たされた。
だから次に僕が向かうべき道は……衣織との織りなす音で、何を表現したいかなのか……。
ジャズ、ロック、ファンク、ポップス、メジャー、マイナー。
そう言った曲調じゃなくて、音楽に僕のどんな想いを乗せるのか。
僕は音楽で何を伝えたいのだろう?
「衣織……もしかしたら、僕は何もないのかも」
「それは、絶対嘘よ。気付いていないだけだって」
そんなこと言われても……。
「私は鳴の答えも知ってる」
え……衣織が知ってるって……僕の想いを?
「私だけじゃないわ、多分みんな知ってると思う」
みんなも? ますます分からなくなってきた。
「分かってると思うけど、教えてあげないから、自分で気付いてね」
ウィンクされたって……そんな可愛く言われてもわかんないよ。
ますますスランプになりそうだ。
「鳴、少しの間、根詰めるのやめよ?」
「ギターを弾くなってこと?」
「ううん、違うわ。苦しみながらギターを弾くのをやめよってこと」
苦しみながら……。
あれか……音楽に追われて音が苦しくなるという『
衣織は僕がその状態に陥っていると言いたいのか?
衣織が僕をみて微笑む。まるで僕の考えている事など見透かしているように。
「ごめん、今の鳴の考えていることは手に取るようにわかる」
やっぱりか……。
「とにかくネガティブにならないで、そんなんじゃないから」
「うん……分かった」
本当はよく分かっていないけど、このままギターを弾き続けるのは良くないということは分かった。
「ねえ鳴、ちょっとリフレッシュしない?」
リフレッシュか……ちょうどしたいと思っていた。
「いいね、何する?」
「アイススケート」
この間、凛と二人でいったばかりだけど……。
「衣織ってスケートできるの?」
「できないよ? でも行ってみたいの」
なんか前にも聞いたことのあるセリフだ。
僕もうまく滑れないことに、一抹の不安はあるが、可愛い彼女のリクエストに応えることにした。
「じゃぁ、いこっか」
「うん!」
リフレッシュ目的で、人生二度目のアイススケートに行くことになった。
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