第35話 穂奈美の言葉
穂奈美の部屋。勿論はじめてお邪魔する。
ドラムセットは置いていなかったが、練習用のエレドラは置いてあった。
ドラムは音にプラスして振動があるから、なかなか気軽に練習できない。
穂奈美も例に漏れず、練習には苦労しているそうだ。
——それはさて置き、僕は早速SNSで評価を得た方法を皆んなに伝えた。
僕が皆んなに伝えたのは端的に言うと『視覚で訴求することを優先する』だ。
僕はテクニック面を強調することで視覚的に派手な動画をつくって何本かバズらせることに成功した。
うちのバンドは幸いテクニシャン揃いだし、同様の戦略が取れると思い、みんなにも同じ方法をすすめた。
しかし、穂奈美から苦言を呈された。
「音無くんの言ってることはよく分かった。でも私は少し不安」
不安……穂奈美は何が不安なのだろうか。
「不安って何が?」
「音無くんの論法だと私たちが際どい水着で演奏した方が、早いと思うの」
……それは確かに……皆んな可愛いし、視覚的訴求はバッチリだ。
「でも、私はそんなやり方は嫌だし、『織りなす音』の方向性とも違う気がするの」
うん……それは僕も違う気がするし、嫌だ。
「目立った方がいいって考えで『織りなす音』のミュージックビデオを作ったのは正解だったと思う。でもそれは、あのミュージックビデオが曲を表現するための構成であくまでも主役が曲だからだと思うの」
皆んな納得していた。そして穂奈美はさらに続けた。
「音無くんは、口では長期計画とか言っているけど、やっていることは焦っているようにしか見えない」
う……痛いところを。
「責任感が強いのもわかるし、頑張ってるのも分かるけど……音無くんはプロモーションに対して貪欲すぎ。最近女装も少し乗り気でしょ?」
その通りだった。まさにそのことを今日相談しようと思っていた。
「私が不安なのはそこ、音無くんには間違えないで欲しい……だから、すぐに反応がなくても、もっと織りなす音の世界観を作り込んだ方がいいと思う」
……晴天の霹靂だった。
僕は大事な事を見失っていた。
ここまでが、あまりにもトントン拍子過ぎたんだ。
だから僕は時間をかけることを忘れて、本質である音楽を高めることを二の次にしていたんだ。
そうだよな……そもそも学さんが、いきなりプロとして契約してくれたのも織りなす音の音楽を評価してのことだ。
衣織と出会えたのも、時枝や穂奈美がメンバーに加わったのも、詩織さんが加入したのも、全部音楽だ。
今の僕たちがあるのは、僕が音楽に真摯に向き合った結果だ。
「気付かせてくれてありがとう、穂奈美……僕は間違えていたよ」
「どいたま」
SNSでバズることはデビューのための手段であり、それそのものが目的ではない。
SNS講座を通じて、僕が本質について教えられた形になった。
***
帰り道——
「穂奈美の言葉……私も胸が痛かった」
衣織が意外な言葉を口にした。衣織が胸が痛いってどういう事だ。
「私もね、最近イチャイチャすることだけが目的になって、本来の目的が二の次になっていた気がするの」
そういうことか……でも……衣織の場合イコールなのでは?
「鳴に依存しすぎちゃった」
「え」
そんな様子は微塵も感じられなかったんだけど……。
「私ね……あれから歌詞、書けていないの。何を書いてもパパの言葉を思い出して、納得出来なくて……一歩も前に進めていないの」
意外過ぎる告白だった。まさか衣織がって感じだった。
だったら……。
「ねえ衣織、一緒に曲作らない?」
「え」
「織りなす音の世界観を追求するには、衣織が必要なんだ」
「何でそうなるの?」
「だって、今の僕に音楽をくれたのは衣織だもん。衣織無しで僕の音楽は完成しない」
「……そんな事言ったら、みんなに怒られるわよ?」
「あは……確かに……でも、原点はそこだから」
あの時の気持ちが、今の僕を作った。僕が音楽と向き合うには必要な事だ。
「うん、分かった」
「ありがとう衣織」
合作なんてはじめてだ。
正直どんなものができるのかは想像がつかないけど、この共同作業は、今の僕たちには必要な気がした。
————————
【あとがき】
お久しぶりです!
帰ってまいりました!
不定期にはなりますが、連載再開いたします。
またよろしくお願いいたします。
本作が気になる。応援してやってもいいぞって方は、
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