第31話 ミュージックビデオ試写会

 朝起きると鳥坂さんからメッセージが入っていた。


『できた』と、一言だけ。




 ——遂にこの日が来た。


 ミュージクビデオの完成……待ってました!


 とりあえず、あらんばかりの感謝の言葉を返し、今後の流れについて聞いてみた。


 次に鳥坂さんから連絡があったのは、昼過ぎだった。


 まずは皆んなの意見が聞きたいから、日程の調節をよろしくとのことだった。ちなみに鳥坂さんは30分後からならいつでも問題ないらしい。


 30分後以降って……ざっくり過ぎる。


 取り敢えず、皆んなに連絡を取った。


 皆んないつでも大丈夫と返ってきた。


 ざっくりしている。


 一瞬『じゃ30分後で』と返そうとしたが、僕が間に合わないのでやめておいた。


 日程調整もだけど、場所もと考えていると衣織から『明日の昼一、家でどう?』と打診が入った。


 窪田家で試写会ができるなら助かる。


 広さ的にも画面の大きさ的にも申し分ない。


 鳥坂さんを含め、皆んなそれで大丈夫とのことで、明日、窪田家にお邪魔する運びとなった。




 ——そして翌日。


 皆んなと駅で待ち合わせて窪田家に向かった。


「衣織さんまだ、実家だったんすね」


「うん、がっつり発声練習やりたいんだって」


「夜の発声練習だけじゃ足りないのね」


「穂奈美……それ言ったら絶対怒られるぞ……」


 穂奈美はたまにサラリとドギツイ発言をする。それに僕たちは、まだそこまで……。


「テヘペロ」


「使いどころは合ってるけど、テヘペロはただのセリフじゃないよ! 結衣さん見習ってもっと勉強して!」


「音無くんのツッコミは今日も合格レベルね」


 どこから目線だよ。


「みなさんは、相変わらず仲がいいですね……」


 鳥坂さんは相変わらず疲れていた。


「鳥坂さんはまた遅くまで頑張ったんですか?」


「昨日、1人試写会してたら、色々気になって……調整してたら結局朝に……」


 凄いクリエイター根性だ。


 道中ずっと眠そうな鳥坂さんだったが、窪田家に到着してその眠気は一気に吹き飛ぶことになる。


「いらっしゃい、よく来てくれたね」


 学さんとご対面したからだ。


「あれ? あれ? あれ?」


 鳥坂さんは衣織のお父さんが、売れっ子プロデューサーの窪田学と知らなかったようだ。


 テレビにも出ている人が、いきなり目の前に現れたら、その反応になるのは普通だと思う。


 僕も初めて学さんと会った時は、面食らったものだ。


「そ、そ、そ、尊敬しておりました! 拍手して……じゃないくて握手してもらってもいいですか」


 娘の友達に握手をお願いされる父親って世の中にどれほど存在するのだろうか。


「「いらっしゃい」」


 学さんから少し遅れて、衣織と詩織さんも出迎えてくれた。


「もう、パパ勝手に出ないでよ」


「えーいいじゃん」


 学さんのお茶目なサプライズで鳥坂さんが完璧に覚醒した。




 そして窪田家の巨大なテレビで僕たちのミュージックビデオの試写会が行われた。


 僕は素直に感動しかなかった。


 申し分ない仕上がりだった。


 曲の魅力もメンバーの個性も、余す事なく収録されていた。


 鳥坂さんに任せてよかった。


 皆んな僕と同じように感じていてたようで、時枝なんかテンション上がりまくりで、声の大きさが気になったぐらいだった。


「ちょっといいかな?」


「はい」


「いま、ここで少しだけ編集できる?」


「できます!」


 感動している僕たちを尻目に、学さんから鳥坂さんへアドバイスが贈られた。


「59秒ぐらいの楽器隊がクローズアップされているシーンあるでしょ。あそこはね、曲にきっちり合わせるよりも、少し食い気味の方が迫力が出てよくなるよ」


 超具体的に幾つかの箇所の微調整が行われた。


 そして、学さんのアドバイスを取り入れて仕上がった修正版。


 幾つかの箇所を微調整しただけなのに、見違えるように良くなった。


「うん、いいね! これならいけるんじゃない」


 売れっ子プロデューサーからの太鼓判がいただけた。


 というか、学さん……凄い。


 たったあれだけの調整でこれほどまでに良くなるとは……改めてプロの凄さを感じた。


「ねえ、鳥坂さんだっけ」


「はい」


「学校卒業したらうちにおいでよ」


「へ……」


「これ、君1人でやったんでしょ?」


「はい!」


「撮影から編集まででしょ?」


「はい!」


「学校がオッケーなら今すぐにでもバイトする?」


「え……いいんですか!」


「勿論、いつでも歓迎するよ」


「は……はい……」


 鳥坂さんが感激のあまりに泣き出してしまった。


「あれ? あれ?」


「凄く嬉しいです……夢が叶いました……」


 この後も鳥坂さんはボロボロと泣き続けた。


 学さんと僕は、ただオロオロしていたが、女子メンバーは鳥坂さんと寄り添い、きっちり彼女を祝福していた。


 このことからも男は女の涙に弱いのだと分かる。


 しかし、ミュージックビデオの試写会が、まさか鳥坂さんの夢が叶う瞬間になるとは……。


 人生どこでどうなるか分からないものだ。


 おめでとう鳥坂さん。



 ————————


 【あとがき】


 おめでとう! 鳥坂さん!


 本作が気になる。応援してやってもいいぞって方は、

 ★で称えていただけたりフォローや応援コメントを残していただけると非常に嬉しいです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る