第6話 詩織と衣織

 セッションのため早速、窪田家へ移動した。


 今日はあっちいったりこっちいったり忙しい日だ。


 学さんもセッションに参加したいと駄々をこねていたが、佳織さんが何か耳打ちすると途端に、学さんは大人しくなった。


 窪田家のヒエラルキーを垣間見た気がした。


「ねーねー何合わせる?」


「私たちの曲でいいかしら?」


「うーんいいよ! 譜面ある?」


「サイズとコード進行なら、僕すぐに書けますけど」


「じゃ、それでいいよ、セッションだもんね」


 僕は速攻でサイズとコード進行を書き込んだ。サイズとはここのメロディーが何小節あってとか、まあ曲の長さを示すためのものだ。


 ある程度の実力のある人ならサイズとコード進行があれば、即興とは思えないクオリティーの高い演奏を行うことも可能だ。


 セッション用にチョイスした曲は衣織と僕が最初にセッションした曲だ。


 初期の『織りなす音』の曲はアコースティック色が強いのでピアノとのセッションにも向いている。



 ——僕はイントロのアルペジを弾きはじめた。


 詩織さんは、ベース音と和音を中心に合わせてきた。


 というかこれは……裏メロだ。


 表のメロディーに対して存在する裏のメロディだから裏メロ。


 僕はコード進行しか渡していないのに……僕のアルペジを一瞬聴いただけで、即座に表のメロディーを予測したってことだ。


 背筋がぞくっときた。


 この裏メロが何を意味するのか?


 それは衣織と僕の作ったメロディーの展開をすでに見切ったってことだ。


 詩織さん……かなり厄介な人だったけど……ピアノを弾くとさらに厄介だ。


 次元が違うかもしれない。


 でも、メロディーが読まれているのは却って好都合だ。


 詩織さんを気にすることなく、型にとらわれずプレイできる。


 僕は目を閉じて、詩織さんの音に集中した。


 この裏メロに対する最適解はなにか?


 テンション系だ。


 僕は曲の雰囲気を壊さない程度にテンション系のサウンドを取り入れた。


 テンション系のサウンを取り入れると、曲がオシャレに聴こえたり、不安定に聴こえたりちょっとアクセントがつく。


 ただ多用してしまうとクセが強くなり、歌や曲のテーマメロディの邪魔になってしまうので注意が必要だ。使い方を間違えなければ、かなりいい効果を生み出す。


 僕がプレイスタイルを変えると、詩織さんもそれに合わせタッチに変化を加えてきた。


 さっきまでとは違う力強いタッチ。


 クセの強いテンション系に負けないためだ。


 くそー流石すぎてなんか悔しい。


 そしてさらに詩織さんの凄みを感じたは衣織の歌が入ってからだ。


 僕は歌を引き立たせるために、歌が入るとロングトーンで流すつもりだった。


 詩織さんは僕の考えまでも読み取ったのか、そのロングトーンに合う伴奏に瞬時に切り替え、衣織の歌が一気に引き立てられた。


 バンドでもアイコンタクトやリハーサル無しでここまでキメキメの演奏はできない。


 何というか……本当に読みがすごい。


 まるで心の中を見透かされているようだ。



 衣織も凄かった。


 僕と詩織さんの作り出した伴奏の温度感にあわせ、感情に起伏をつける。


 それが歌詞とマッチしていて、すごく心に響いた。


 この曲は慕情を歌っている。


 歌詞の中の主人公の気持ちがビシビシ伝わってくる。


 僕は詩織さんとセッションしていることを忘れて、衣織の歌から溢れ出る感情の赴くままにプレイした。


 2人の世界とでもいえばいいのだろうか。


 そしてその2人の世界を詩織さんのピアノが優しく包み込む。


 詩織さんとのセッションはこれまで僕がやってきたセッションとは、何か感覚が違った。


 包み見込まれてる感、支えられてる感がすごいのだ。


 詩織さんのピアノはこのセッションで終始裏方に回っていた。


 それでもこの存在感なのだ。


 衣織と詩織さん……すごい姉妹だ。


 感情に訴えかける衣織の歌。


 それを包み込む詩織さんのピアノ。


 教科書では学べない音楽を体現できている姉妹。


 もう、流石としか言えない。


「衣織、鳴くん、すっごく楽しかった! パパの言った通り2人ともすごいね!」


 高評価でよかった。


「ねーねー私も2人のバンドにいれて?」


「「へ?」」


 詩織さんからのいきなりの申し出。


「お姉ちゃん……本気?」


「本気だよ!」


 どうしよう……。


 時枝や穂奈美への報告相談事項がまた増えた。



 ————————


 【あとがき】


 いきなりの展開? 想定内の展開?


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