その②


 招待状があるためスムーズに王宮へ入ることが出来たが、車寄せの辺りで混雑しておりしばらく馬車の中で待たされることになった。

「このまま帰ったらダメかしら?」

「リリ? 私としてもその方が嬉しいけれど、今日ばかりは無理だな」

「分かっております。……ちょっと言ってみただけだわ」

 ねたようにそう言うと、窓から前に続く馬車の列を目にして、盛大な溜息をついた。

「希望する令嬢だけのパーティーにすればよろしいのに」

 仕方ないとは思っているものの、まだまだ時間がかりそうな馬車の列に、つい恨みがましい言葉が口をついてしまうのだ。

 イアンはしようしながら、リリアーナの頭をポンポンする。

「王宮主催のパーティーなら、リリの好きな美味しいものがたくさんあるから、な?」

「そうですわね、せっかく王宮こんなところまで来たのですもの。たくさん美味しいものをまんきつして帰りますわ」

 王宮もリリアーナにすれば『こんなところ』呼ばわりである。

 モリーに食べすぎるなと言われたこともすっかり忘れ、思いは豪華なブッフェへと飛んでいる。

 すっかりご機嫌な様子の妹に、楽しそうに目を細めるイアンであった。

 ようやく車寄せへと馬車をつけると、リリアーナはイアンと共に馬車から降りた。

 ここからは人目があるため、さきほどとは百八十度変わって、どこからどう見てもかんぺきな令嬢へとたいする。

 がらなリリアーナが小さいとからかわれないために身に付けた社交術である。

 本当に、としてブッフェを楽しむ姿さえなければ、完璧な令嬢に擬態出来るだけに、とても残念だ。


 会場へと向かうろう流石さすがは王宮である。

 ゆかじゆうたんはピンヒールで歩いても音がひびかないし、所々で目にするれいな花達は、高価そうなびんけられている。

 長い廊下をけて会場に辿たどり着くと、そこにはとてもきらびやかな、絵本に出てくるような光景があった。

 高いてんじようからはキラキラと光を放つシャンデリアがいくり下げられており、その下は色とりどりのしようを身に纏う人であふれていた。

「目にやさしくない光景ですわね」

 リリアーナが思わず呟くと、イアンも同意する。

「今日は一段と目がチカチカするな」

 いつもであれば、ここで『見た目良し、将来有望』なイアンに令嬢がさつとうするが、今日はいつもの五割減といったところか。

 社交辞令のあいさつを適当に済ませ、いまだどこかの令嬢達につかまっているイアンを放置して、リリアーナはかべがわへとなんする。

 気合いの入った令嬢達はかおりもいつも以上で、個々の香りは良くとも混ざると公害になる。

 会場内へはしやくの低い者から入っていくので、侯爵家やこうしやくの令嬢は待機するための部屋でくつろいでいるはずで、今会場内にいるのはリリアーナと同じ伯爵家の令嬢とその家族である。

 しやくだんしやくは、本日は招かれてはいない。

 令嬢はもちろんのこと、その親兄弟達も身内を王子様の婚約者の座にえようと、瞳をギラギラとさせている。

 この空間にいる令嬢達は全て、わば『ライバル』にあたるのだ。

 皆表面上はけたような笑顔を浮かべているが、他の令嬢をチェックするするどい目つきは隠しきれていない。

 だが、リリアーナは当初の予定通り、『私は王子様を狙ってはおりません』アピールが効いたのか、早々に鋭い視線から解放されたのである。

(しめしめ、いい調子ね。この後国王様達への挨拶を終えれば、美味しいお食事が待ってますわ)

 そのためにお昼を抜き、コルセットも緩めにし準備ばんたんでやってきたのだ。

 リリアーナは部外者よろしくブッフェの食事を頂きながら、高みの見物を楽しむつもりだ。


 招待客の全てがホールへ集まり、いよいよ国王一家のご入場である。

 挨拶は爵位の高い者からとなるため、侯爵令嬢の後の列に並ぶ。一人一人の挨拶は短くとも、数がいるので時間が掛かる。

 とても美しいお辞儀カーテシーをする令嬢もいれば、ういういしい令嬢もいたり。こうして観察していると、マナーの先生が言っていたことがよく分かる。

 ようやく自分の番が回ってきたので、リリアーナは気を引き締めた。

「ヴィリアーズ伯爵家長女のリリアーナと申します」

 この場にマナーの先生がいたら、完璧と褒めてくれるであろうカーテシーで挨拶を済ませ、不機嫌オーラを出しまくっている第一王子様と目が合わないように視界のはしだけにとどめ、早々にまた壁の花へともどる。

 どうやら今日のお見合い予定は、氷の王子様こと第一王子ウィリアム殿下でちがいなさそうだ。

 一通り挨拶が終わると、第二王子のオースティン殿下と婚約者である侯爵令嬢が中央のスペースへと向かいおどりだす。

 それにつられてポツリポツリと踊りだす者が出始めたところで、ようやくブッフェにありつけるとばかりにリリアーナは足を進めた。

 流石は王宮のパーティーである。

 美味しそうな料理がズラリと並び、どれから頂こうか迷う程だ。

 ここザヴァンニ王国は海に面していないために魚はものすごく高価なのだが、王宮主催のパーティーともなると、魚料理もブッフェに並んでいる。

 料理の前には数人の料理人がいるので、お願いして少量ずつ綺麗にお皿に盛ってもらった。

 盛り付けの美しさも、食欲をそそるスパイスの一つである。

 壁側に並べられたに腰掛け、さつそく盛ってもらった料理達にしたつづみを打ちながら、リリアーナは観察を始めた。

 今日は伯爵家以上の爵位の方々しかいないため、通常のパーティーよりもそれぞれの装いがよく見える。それでも大勢の貴族達で溢れてはいるが。

 あくまでも第一王子様の見合いの場ということで、独身男性はゼロではないが、少ない。

 ほとんどの令嬢が父親のエスコートで来ていて、ヴィリアーズ家のように兄弟にエスコートされている者は若干名しかいない。

 しかし今日の主役である第一王子様は入場からずっと、動く気配がないご様子。

 不機嫌オーラというか、近寄るなと言わんばかりのかくのオーラを発し続けている。

 まだ王太子は決定していないものの、このままいけば第一王子のウィリアム殿下が立太子されるのはほぼ確定とされており、彼の婚約者=王太子(将来のおう)となる。

 けれど王太子妃になるためには、しちめんどうな教育を受けなければならない。

 それに表面上ははなやかな立場のように見えても、しつうずく中に放り込まれるわけで。

 ……そんなに王太子妃の座はりよく的ですかね?

 私は全く興味はありませんけれど。

 むしろそんなやつかいな立場、こちらから願い下げです!

 しかもお相手はあの『氷の王子様』。

 一体何人のご令嬢が、あの威嚇オーラをかいくぐっていけるのでしょうね?

 それよりもこのサーモン、のように美しく盛られている上になんて美味しいのかしら。それにこのかものテリーヌも絶品ですわね。流石は王宮の料理ですわ!

 リリアーナは、自分も一応当事者の一人であることなどすっかり忘れ、完全にぼうかんしやてつしていた。


 丁度お皿に盛られたものがなくなり、おかわりをするべく立ち上がったところで、自分をふくむ適齢期の令嬢の名前が次々と呼ばれていった。

 おかわりにうしがみを引かれながらもお皿を使用人へとわたし、国王様達のおられる前方へと向かう。

 いつの間にか演奏も止められ、煌びやかなホールはシンとしており、横一列に並べられた令嬢達以外の者達は、遠目にこれから何が起こるのかとながめている。

 すると、国王様に指示されたのか、ウィリアム殿下が全く気が進まないといった風に立ち上がり、リリアーナと反対側の端にいる令嬢の正面に進んでいく。

 誰かのゴクリというのどの音が聞こえた気がする。

 王子様のコツコツと歩くくつおとがシンとしたホールに響く。

 令嬢の二メートル程手前で一度ピタッと止まると向きを変え、いちべつすることもなく一列に並ぶ令嬢達の前をゆっくりと歩いていく。

 令嬢達は少しでも自分をアピールするためにニッコリと微笑んでみたり綺麗なカーテシーをろうするも、王子様は通り過ぎるのみ。

 ついに一番端っこポジションにいたリリアーナの前まで来ると、ピタッと立ち止まり、視線を全く向けないまま、

「コレでいい」

 という大変失礼な言葉を残し、サッサと一人、会場を後にしてしまった。


「へ?」

 リリアーナはもちろん、他の令嬢達も意味が分からずぼうぜんと佇む。

 そんな中、最初に我に返ったのは王妃様であった。

 側近にコレと言われたご令嬢を別室へ連れてくるようにと言い、側近はコレと言われたリリアーナの前まで来ると「こちらへどうぞ」と声を掛けた。

 しかし、全く思ってもいない展開に頭がついていかないリリアーナはそこから動けずにいた。

 そこへ慌てたようにイアンが駆け寄ってくる。

「リリ! これは一体どういうことなんだ?」

 りようかたに手を置き前後にらしながら言われても、当のリリアーナの方がよっぽど意味が分からず、どうなっているのかを聞きたいと思っている。

 なんで? 一体なんでこんなことに──?

 周りの令嬢達も正気に戻った者から「なんであんな地味な子が」などの声が上がり始めていた。

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