小動物系令嬢は氷の王子に溺愛される

翡翠/ビーズログ文庫

第1章 王子様の婚約者にされました

その①

「どうしても行かなければなりませんの?」

 はくしやくれいじようであるリリアーナ・ヴィリアーズは困ったようにまゆをハの字に下げ、父親でありヴィリアーズ家当主であるオリバー・ヴィリアーズに問うた。

 書類仕事でいそがしく、今はじやつかんつかれが見えるが、若いころは大層モテたであろうせいかんな顔つきは、年を重ねることによりしぶみが増し、マダム達の間では大変人気が高いお方である。

 しかしかれは有名な愛妻家であり、他のどんな女性にもなびくことはない。

 それもまた、彼の人気がきゆうとうする理由となっているのだ。


 上位貴族の家に生まれたからには、いずれ何処いずこかの家へととつがねばならないことはリリアーナとて理解しているが、出来ることならば両親のように愛あるけつこんをしたいと思っている。

 それが無理でもせめて相手が尊敬出来る相手であればと願っているが、実際目の前のこの父から嫁ぐように言われたならば、たとえ尊敬出来ない相手であっても嫁ぐしかないのだ。

 貴族の令嬢が自分の意思で結婚を決めるなど、位の高い貴族になればなるほど難しくなる。

 まあ心配せずとも、おや鹿でもあるオリバーが妻に似たこの大切なむすめを、尊敬も出来ぬようなやからよめに出すなどあり得ぬことであるが。

「リリ、気が進まないのは分かるが、これは王家しゆさいのパーティーであり、十四さいから十八歳までのこんの伯爵家以上の令嬢は全員参加なのだよ。招待状にさいされてはいないが、エスコートは父親か兄弟でなければならないとのことだ。これはそう、完っ全なる王子とのお見合いのためのパーティーだろう」

 そこまで言ってオリバーは小さくためいきをついた。

 この王国には王子様が三人おられる。

 第二王子のオースティン殿でんにはすでに婚約者がいらっしゃるので、今度のパーティーは第一王子ウィリアム殿下か第三王子ホセ殿下のお相手探しなのだろう。この王子様達はとにかく見た目がごくじようで、令嬢達からの人気がすこぶる高い。

 ウィリアム殿下は笑った顔を見たことがないと言われる程に、常にぶつちようづらをされているため『氷の王子様』と呼ばれているが、このだん副団長という地位を実力で手に入れた方であり、その実力は折り紙付きである。

 けんうでがめっぽう強く、自分より弱い者にまもられるなどあり得ないと、自ら近衛騎士団へと入団し、団員の育成を始めてしまったである……らしい。

 らしいというのは、リリアーナは王子様達に全く興味がなく、そういったうわさを話半分にしか聞いていなかったためだ。

 そして常にがおを絶やさぬオースティン殿下は、まさに絵にかいた王子様のようだと評判も高く『微笑ほほえみの王子様』と呼ばれている。

 ちなみに婚約者は、幼なじみであり深窓の令嬢と言うに相応ふさわしいこうしやく令嬢である。

 ホセ殿下は上の二人とちがってとても可愛かわいらしい容姿をされており、『天使様』と呼ばれている。本人は可愛らしい容姿にコンプレックスを持っているようなので、この呼ばれ方はとてもくつじよく的であろう。

 いずれにしても、このお見合いパーティーには参加のいつたくしかないのだ。

 王子様には全く興味もないし、どうでもいい。

 けれどもせっかくパーティーに参加するのであれば、王宮のしい料理を心ゆくまでたんのうしてこようと、リリアーナは明後日あさつての方向に考えをめぐらせた。

「リリ? 君は私が望んで出席させると思っているのかい?」

「い、いいえ。そんなことは……」

 リリアーナの視線が泳いでいる。

 このじようきようで全く別のことを考えていたなどと知られたらまずい。

「リリにお見合いなど、まだ早すぎるっ。出来ることならば、行かせたくない。だが、そういうわけにもいくまい。だから当日は、出・来・る・だ・け、目立たずに地味目にするように」

「はい、お父様」

 リリアーナがしっかりとうなずくと、オリバーは満足そうな顔をして、手元の書類に視線を落とした。それを合図にリリアーナは静かにしつしつを出て、自分の部屋へと足を進めた。


 ヴィリアーズ伯爵家の歴史は古く、王都より少しはなれた領地はなかなかに栄えている。

 特産品は良質なお酒とさけかすを使った食品やしようひんなどで、最近では薬草やめずらしい果物などのさいばいにも力を入れている。

 過度なぜいたくをしなければ、それなりにゆうふくな生活を送ることが出来るだろう。

 当主であるオリバーとその妻であるジアンナの間には、長男のイアン(十九歳)と長女のリリアーナ(十六歳)と次男のエイデン(十四歳)がおり、イアンは学園の卒業と同時に次期当主として色々と学び始めている。

 リリアーナとエイデンは現在、学園に在学中である。

 イアンとエイデンは父親であるオリバーの容姿をぎ、長身でサラッとざわりの良いぎんぱつに切れ長のエメラルドのようないグリーンが印象的なひとみ。そして男らしくしい整った顔立ちをしている。

 イアンは銀髪を短くり込んでおり、エイデンは胸までの長さのかみを後ろで一つに結んでいる。

 リリアーナは母親であるジアンナの容姿を受け継いでおり、背は低く明るい茶色の髪はゆるやかなウェーブをえがき、クリクリとしたエメラルドのような大きな瞳にぷっくりとした可愛らしいくちびる。そしてけんきよな可愛らしい胸……。

 見た目的にはじつねんれいより三歳程幼く見えるのだが、本人はそれをいたく気にしている。小さくてとても可愛らしい見た目に、小動物的なイメージを持つ者も多いのだが。

 決してみなの想像しているような可愛らしくただふるえるだけの小動物ではない。

 けずぎらいで案外ちゃっかりしているし、あしはさながらガゼルのようである。

 れんあい小説を『こいのバイブル』と呼び、好んで読んではいるが、現実では花よりスイーツな、美味しい食事やおをこよなく愛する乙女おとめである。

 父からのりようしようも得られたため、パーティーで王宮のかべと同化するような色合いの地味目なドレスを選び、宝石も派手すぎない上品なものを選んで侍女達に用意させる。

 王宮でのパーティーなので、地味すぎてもダメなところが難しい。

 ウィリアム殿下やホセ殿下の婚約者の座をねらう令嬢はとても多い。

 というよりも、全く狙う気のない令嬢はリリアーナくらいのものだろう。

 きっとお見合い当日は、目がチカチカする程にかざった令嬢達がつどうのではないだろうか。

 リリアーナはめんどうだと言わんばかりに『私は王子様を狙っておりません』アピールを前面に出しているであろう地味目のドレスと宝石を見て、満足そうに頷いた。

「当日のメイクはうすめでお願いね」

 当然のように言うリリアーナに、じよであるモリーはあきれたように笑う。

「王宮のパーティーに地味にしてだなんて、そんなことを言うのはおじようさまくらいですよ。逆に目立つんじゃないですかねぇ?」

「いいえ、目立ったらダメなのよ。とにかく空気になりたいの。パーティーの間は壁と同化出来るように、わざわざ王宮の壁と同色のドレスを選んだのだから。あ、コルセットのめ付けは不要よ? 王宮のパーティーならきっと美味しいものがたくさんあるはずだもの。王子様よりご飯とデザートだわ」

「お嬢様、王宮のパーティーでおなかいっぱい食べるなんてことは、く・れ・ぐ・れ・も、なさらないでくださいませ」

「そんな、ひどいわ、モリー!」

「お嬢様?」

「……はい」

 侍女のモリーはヴィリアーズ家のメイド頭の娘であり、リリアーナとはまい同然に育ったため、えんりよようしやもない。

 そんなモリーに頭が上がらないリリアーナであるが、侍女はパーティーには同行できない。

 ……だまっていれば、バレませんわよね。

 王子様のお相手は自分以外のどこかの令嬢なのだから、その間に私は王宮のごう料理を存分に楽しませてもらいますわ!


               ***


 あっという間に時間は過ぎ、気が付けばパーティー当日の朝をむかえていた。

 いつもより少し早めの時間にモリーが起こしに来る。

「お嬢様、おはようございます」

「ん、おはようモリー。あと三十分……」

 そうつぶやきながらモゾモゾととんもぐり込み、頭までキッチリとかくれる。

 しかし、モリーがそんな様子に動じることはない。

「いけません、お嬢様。今日は忙しいのですから、チャッチャと起きてくださいませ」

 言うが早いか、布団をリリアーナから容赦なくがす。

「酷いわ、モリー」

 うらみがましい目で不満を口にするも、そくに言い返されてしまう。

「今日は忙しいと申し上げました。それともお一人で準備されますか?」

 その言葉に今日がお見合い当日であることを思い出し、リリアーナはあわてて飛び起きた。

「そうですわ! 今日は王宮の豪華ディナーの日ですわっ!!」

 そんなリリアーナの姿を見て、モリーは『うちのお嬢様が残念すぎる』と深い溜息を一つついた。

 ごげんに洗面台へと向かうリリアーナ。

 顔を洗い朝食前のえを手伝ってもらい、鏡台の前にすわる。

 緩くウェーブを描く明るい茶色の髪をくしけずりながら、今日の予定をたんたんと伝えるモリー。

 そこにはいつものゆうがなく、ほど忙しいだろうことがうかがえる。

「朝食をし上がった後、入浴と全身マッサージ。その後ネイルとヘアメイク、最後にドレスに着替えて、イアン様のエスコートで会場へ向かって頂きます」

「イアン兄様のエスコートなの?」

 リリアーナは思わず満面のみをかべり返る。

 すると「前を向くっ」と言われ頭をグリンと強制的に前へと向けられてしまう。

 そのままたくを終えると「朝食の準備が整いだい参りますので、少しお待ちくださいませ」と、紅茶をれてモリーは部屋を後にした。

 リリアーナは落ち着いた質の良いソファーにこしけながら、王宮の料理に思いをせる。


 朝食を頂いた後、おで頭のてっぺんからつま先までみっちりと余すことなく洗われ、その後全身マッサージがほどこされる。

 この辺りで既にお昼の時間だが、ゆっくり食事をる時間などあるはずもなく。

 ネイルのちゆうに簡単につまめるような、カナッペやサンドイッチなどが用意されていたが、リリアーナはこの後の王宮の料理に備えて手をつけずにいた。

 ネイルが終われば、次はヘアメイクである。

 メイク担当の使用人とヘア担当の使用人、そしてその補助役がリリアーナの周りを囲み、とうかい用のリリアーナといういちいちのアートを作り出していくのだ。

 リリアーナ自身は童顔でとても可愛らしい顔立ちをしている。

 色白なはだはきめ細かく、りたくらずとも素材を引き立てるだけで十分。

 今回は実年齢に近く見えるように少しアイラインを強めに引き、派手にならないようナチュラルメイクにして、髪はサイドを緩く編み込んでアップにした。

 本人たっての希望により、コルセットは気持ち程度にしかめていない。

 王宮のホールの壁と同色のドレスを身にまとい、上品でひかえめなネックレスにイヤリングをつければ完成だ。

「とても可愛らしいですわ」

 口々に使用人達がめてくれるが、姿見の前に立てば、王宮の舞踏会に行くには地味……いや、いささか控えめな令嬢がそこにたたずんでいた。

「よし! これなら『王子様を狙っておりません』アピールが出来てますわね?」

 リリアーナは満足そうに何度も頷いて、本日のエスコート役である兄イアンの元へと向かった。

つうなら少しでも王子様の目にとまるために着飾るものなのに、うちのお嬢様は……」

「狙っていませんアピールって、だれに向かってアピールするつもりなんですかねぇ」

「王子様より王宮の料理って……」

「少し幼く見えるかもしれませんけど、着飾ればかなりのものですのに」

「「「「はぁぁ……」」」」

 リリアーナのいなくなった部屋では、使用人達が残念そうにせいだいな溜息をついていた。


「イアン兄様」

 ノックをすると同時に返答も聞かずに部屋へと飛び込むリリアーナ。

 本来ならば許可が出てから入るべきだが、リリアーナにあまいというよりげきあまなこの兄は、全く気にするりもない。

「リリ、いつも可愛いがさらに可愛くしてもらったんだね」

 髪型がくずれないように気を付けながら、満足そうに頭をでる。

 今日のリリアーナはかなり地味……控えめによそおっているのだが、この兄にはそんなことなど全く関係ないようである。

 どんな姿のリリアーナでも、この兄であればきっと褒めちぎるに違いない。

 リリアーナは本日のエスコートが兄のイアンであることに、とてもご機嫌に笑顔を浮かべ、大人しく撫でられたままだ。

 そんなうれしそうなリリアーナの様子に、イアンの機嫌もすこぶるよろしい。

 父オリバーのエスコートでは、美味しい料理をお腹いっぱいに食べることなど不可能であるが、リリアーナに激甘なイアンのエスコートであればそれが可能である。

 まさかそんな理由で、可愛い妹が自らのエスコートを喜んでいるとは思ってもいないイアンであった。

「姉様いる~?」

 ノックの音がして、またもや返事を聞かずに次男のエイデンが入ってきた。

 室内にリリアーナの姿を見つけると、これ以上ない程の笑顔でけ寄り「わあ、姉様可愛い~」とめる。

 エイデンも既にリリアーナの身長をおおはばしているので、背の低いリリアーナはすっぽりともれてしまった。

 エイデンはリリアーナの髪型が崩れないように気を付けながら頭にほおをスリスリし「可愛い可愛い」と言い続ける。

 そこまで気をつかうのならば、スリスリしなければいいだろうと思うのだが、彼の中にそのせんたくはない。やはり兄が兄なら弟も弟といったところか。

 見た目だけならば姉と弟というより完全に兄と妹にしか見えず、一見微笑ましい光景ではあるが、結婚てきれいに入った姉にするこうではない……はず?

 だが、ここヴィリアーズ家ではいつもの光景であり、今更誰も気にしていない。ただ一人を除いて。

「エイデン、いくら私が小さいからといって、子どもあつかいするのはやめてください!」

 現在進行形でほおりされているリリアーナがエイデンのこうそく(?)からけ出そうともがき始める。

 そんな調子できようだい三人で会話を楽しんでいると、イアンの従者がそろそろける時間であると告げた。

 リリアーナが先に馬車に乗り込むと、エイデンが「ぼくが姉様をエスコートしたかったのに」とイアンにる。

「悪いな、それじゃあ行ってくるよ」

「変な虫がつかないようにしっかり見張ってよね」

りようかい

 このように一家そろってガードされているため、リリアーナには今のところ虫一ぴき近付くすきもないのである。

 適齢期の令嬢にそれもどうなのか、と思う者は多々いても、口に出せるような強者はいない。

 番犬よろしく付き従う兄といつしよに馬車に乗り、リリアーナは王宮へと向かった。

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