第2章 リリアーナ、婚約回避に奮闘する

その①

 馬車から降りてきた我が子の姿を見て、ヴィリアーズ家当主であるオリバーは大変こんわくした。なぜこの二人は、こんなにもしようすいしきった様子をしているのか、と。

 訳が分からず、とりあえず話を聞くために応接室へと場所を移すことにした。

 えることもせず、二人はヨロヨロと応接室のソファーへとしずみ込む。

 オリバーと妻であるジアンナが顔を見合わせ首をかしげ、どう声をけようかと思案していると、エイデンが待ちきれないとばかりにばやに質問した。

「二人ともつかれ切った顔してどうしたんだよ? 今日は王子様との見合いだろ? だれか相手は決まったの? それにイアン兄様、まさか姉様に変な虫つけたりしてないよねぇ?」

『王子様』と『変な虫』の部分で二人が明らかにじように反応したのを目にし、エイデンはここまで下げられるのかと思うほどに声を低くしてイアンに問いかける。

「何? 本当に変な虫でもついたりしたの?」

 ゆらりと立ち上がり、イアンを眼下に圧を掛けている。

 イアンはあせをポタポタと垂らしながら、しぼり出すように謝罪を口にした。

「……すまない、これ以上ない程にデカすぎる虫がついた」

「はあ? どういうこと? ちゃんと説明しろよっ!」

 エイデンは聞くが早いかイアンのむなぐらをつかみ、半ばさけぶようにして必死の形相で激しくする。

「エイデン、落ち着きなさい。それではイアンも話せないだろう?」

 そこでようやくオリバーがいさめたために、エイデンは仕方なく手をイアンからはなし、元いた場所へとこしを下ろした。

「これでちゃんと説明出来るようになったな。話せ」

 イアンがホッとためいきをついたタイミングで、オリバーがを言わさぬするどひとみをイアンへと向けた。


                 ***


「三日後に当主と共に登城するように」

 目の前には国王とおうすわっている。二人共とてもげんが良さそうだ。

「三日後……ですか?」

「そこで正式にこんやくを決定する」

 国王の言葉に思わずリリアーナは固まる。

「ま、まず持ち帰って当主である父と相談しまして……」

 そうイアンが言いかけたところで、何も聞いていない風をよそおい国王はもう一度、満面のみで告げた。

「三日後、正式に婚約を決定する」

 これは断ることは許さないと言外に言っているやつですね。

 イアンとリリアーナの返事は「はい」のいつたくのみしかなかったのである。


「……というわけで、無理矢理でも何でも、初めて『氷の王子様』が選んだ相手ということで。国王様と王妃様は、リリアーナを何としてもウィリアム殿でんの婚約者にするおつもりです」

 そう言ってイアンは口を閉じた。いや、閉じざるを得なかった。

 貴族社会というものはめんどうなもので、ほどのことがない限り、格上のしやくを持つ家からのきゆうこんを断ることは難しい。

 ましてや今回は、お相手が王子である。

 いくら歴史の古いはくしやくとはいえしよせんは伯爵でしかなく、王家に逆らうことなど出来ない。

「……リリアーナは余程目立つことでもしたのかい?」

 今日は地味目の装いで行かせたはずで、いくらリリアーナが可愛かわいいからといって、特別な美人というわけではないのだ。

 余程目につくような何かをしなければ、王子様の目に留まることなどなかったのではないのか。

 そんな疑問がいて、聞いたところでどうにもならないのは分かっているが、オリバーは聞かずにはいられなかった。

「お父様に言われました通り地味に目立たぬよう、かべと同色のドレスを選び、壁の花になっておりましたわ。せっかくしいお料理を食べている最中に、見合い対象者は国王様達の前に、横一列に並ぶようにと呼ばれましたの。それでも私、がんって王子様から一番遠いポジションをキープいたしましたのよ? それなのに、なぜ私なんですの? しかもあの王子。目も合わせずに『コレでいい』とかぬかしやがりましたのよ? おかげで全種類食べようと思っていたお料理の半分も食せず帰る羽目になって……」

 リリアーナは悲しそうに目をせて、溜息をついた。

「姉様? ドレスがどうのこうの言う以前に、ダンスそっちのけで食べてるごれいじようって、ものすごく目立つんじゃないですかねぇ?」

 エイデンがあきれたように言うとリリアーナはムキになって言い返す。

「そんなことはないはずですわ! 大きなびんの横に、かくれるようにして座って食べましたもの」

「ちなみにその花瓶の色は、壁と同じ?」

「いいえ、うすいグリーンのれいな花瓶でしたわ」

「壁と同じ色のドレスの意味は?」

「あ……」

 オリバーはそのやり取りを呆れたように見ていた。

いまさら何を言っても仕方のないことだな。三日後に登城することは決定だ。今日はもうおそい。色々あって疲れただろうから、ゆっくり休みなさい」

 そう言って大きく溜息をつくと、ジアンナと部屋を後にした。

「父上の言う通り、今日はもう休もう」

 とうの一日に精神をへいさせたイアンは力ないがおかべ、リリアーナの頭をでると自室へと足を向ける。

 エイデンとリリアーナもそれに続いて自室へともどるのだった。


「そもそも何で私なんですの?」

 夜着に着替えしんだいに横になりながら、リリアーナはさきほどパーティーで起こったことをかえっていた。

「目を合わせないどころか視界にも入れないように気を付けていたはずですのに。やはり花瓶の横にいたのがいけなかったのかしら? いや、でもあの王子。『コレでいい』と言ってましたもの。それって、裏を返せば私でなくてもよいということでは?」

 婚約かいの希望が見えたように感じたリリアーナであったが、すぐに壁にぶち当たる。

「国王様相手に、それをどうやってお伝えすればいいんですの?」

 考えても浮かばない答えに、頭をかかえて寝台でゴロゴロと暴れた。

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