第4章 王太子妃教育始めました

その①

 このたび氷の王子様ことザヴァンニ王国第一王子、ウィリアム殿でんこんやくしやになった、ヴィリアーズはくしやく長女のリリアーナ。

 かのじよは今、ド派手なれいじようとその取り巻きの令嬢に囲まれているところである。

 もちろんリリアーナのご学友……なんてことはなく、理由は一つ。

「ウィリアム殿下は、こんなむすめのどこが良くて選ばれたのでしょうね」

 それに関しては言葉や態度に出すことはしないが、激しく脳内で同意するリリアーナ。

「身分から言いましても、イザベラ様の方が相応ふさわしくてらっしゃいますのに」

 どうやらドリルのような縦ロールをしたド派手な令嬢は、イザベラ様とおつしやるらしい。

 取り巻きの方々が持ち上げてくれるものだから、ごげんに羽根のついたおうぎをバッサバッサとあおぎながら高笑いしている。

 さきほどからその羽根がけてフヨフヨと宙をっており、リリアーナはそんな宙をただよう羽根をぼんやりと見ていた。

 ウィリアム殿下の婚約者に決まってから、こういったたぐいのいやがらせ?的なことが時々起こるのだ。

 暴力をるわれたりとか、物をかくされたりこわされたりといった直接的ながいは今のところ受けてはいないのだけれど。

 それでもこう、目の前で延々とツマラナイ話を聞かされ続けるのは苦痛だ。

 大人しく聞いている振りをしながらも、

(はあ、やっぱりめんどうですわ)

 と、リリアーナは脳内で大きなためいきをついた。

 そもそもこの婚約は自分の本意ではないし、なぜウィリアム殿下に気に入られたのかもなぞのまま。

 いえ、彼にとって何か都合がいいから婚約しただけで、気に入られたわけではないはず。

 であれば、まだ婚約解消のチャンスはありますわ! とリリアーナはひそかにとうを燃やしていた。

 物語のヒロインであれば、いじめられた時にはさつそうと王子様がけつけて助け出してくれるのだろうけれど。

 現実の王子様はとっくに学園を卒業されていて、当てにはならないのだ。

 他に当てになりそうなのは、現在同じ学園にざいせき中である、ウィリアム殿下の下の弟である第三王子、ホセ殿下と言いたいところではあるのだが。

 残念ながら一つ上の学年のかれとは、顔を合わせることはほとんどない。

 けれども一度だけ、学園内で令嬢達に囲まれているところに、ホセ殿下が現れたことがある。

 令嬢達は背後にいるホセ殿下に気付くことはなかったが、リリアーナとはきよがあるとはいえ、しっかりと目が合っていた。

 なのに、彼は無表情で何事もなかったかのように、スタスタとどこかへ行ってしまったのだ。


 思えば婚約成立後の両家顔合わせでも、ホセ殿下はがおを見せていなかった。

 国王様もおう様も、第二王子であるオースティン殿下も、満面のみをかべていらした中で、ウィリアム殿下とホセ殿下はずっと無表情だったのだ。

 まあ、ウィリアム殿下はいつものことである。

 正直王子様達に全く興味のなかったリリアーナには、『氷の王子様』と呼ばれるウィリアム殿下、『微笑ほほえみの王子様』と呼ばれるオースティン殿下、『天使様』と呼ばれるホセ殿下というよく知られたうわさ程度のにんしきしかなかった。

 ウィリアム殿下とは、婚約かいに失敗したあの日以来多少のコミュニケーションはとれていたため、顔合わせの時もそこそこ話ははずんでいたのであるが──。

 ホセ殿下だけは、言葉をわすどころか、一言も言葉を耳にすることがなかったのである。

 彼は『天使様』と呼ばれるだけあって、中性的なとても可愛かわいらしい容姿をされているけれど、リリアーナはそんなホセ殿下に『ずいぶんと大人しい方ですわね』という感想を持っただけで終わった。

 しかし、どうやらただの大人しい方ではないようだ。

 まあ、初めから彼に助けてもらおうなどとは全く期待していなかったリリアーナは、自分の身は自分で守るとばかりにイザベラに話しかけた。

「ちょっとよろしいですか?」

「何かしら?」

「私には三つ年上の兄がおりまして」

「イアン様ね? 存じておりますわよ」

「はい、先日私の婚約が決まりましてから、父がそろそろイアン兄様にもどなたか良いお相手を考えなければ……と」

「そ、そうですの。それでイアン様のお相手の方は決まりましたの?」

「いいえ。この王国にはてきなご令嬢がたくさんいらっしゃるので、わ・た・く・し・に、同じ女性の目から見て素敵なご令嬢を教えてほしいと言われまして……」

 リリアーナの言葉一つで候補から消えるのだと暗にほのめかせば、目の前のてきれいの令嬢方はコソコソと何やら話し合い、しんけんおもちでうなずき合う。

 数少ない優良物件の候補者から外されてはたまらないであろう。

 ここでリリアーナから敵にんていを受けるのはよろしくないという考えに至ったのか、令嬢達は、コロッと態度を変えた。

「そうでしたの。リリアーナ様はとてもお兄様思いのやさしい方ですものね」

「これから王宮に向かわれますの?」

「王太子教育、がんってくださいませね」

 などと、なごやかに送り出してくださったのである。

 ……実の兄をにえにしていることにじやつかんの罪悪感を覚え、心の中で謝罪する。

 エイデンもまだ十四さいというのに、婿むこよう希望の適齢期の令嬢方からの人気がうなぎ登りらしいのだ。

 持つべきものは天使もどきの義弟おとうと(予定)ではなく、イケメンの実兄弟である。

 兄のせいのおかげで今日も無事に苦痛な時間をのがれることが出来たリリアーナは、イアンに感謝しつつ馬車に乗り、急ぎ王宮へと向かうのだった。

 つい先日より始まった『王太子妃教育』を受けるためである。

 王太子妃教育は王宮で行われるので、学園の授業が終わった後に毎日せっせと王宮へ通っているのだ。

 婚約解消を望んでいるとはいえ、今やるべきことはしっかりとやらないと気が済まないリリアーナは、存外真面目な性格なのだ。

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