第8話 罪の意識

 北からの風。かなり強い。戦地は基地から20キロ離れた場所なので車移動だ。大きなジープが隊を為して走っていく。流れる荒野を見ながら、パウラは詰めていた息を吐いた。ここまで来てしまえば、もう戻れない。覚悟も決まるというものだ。

 パウラは人を斬るのが苦手だ。というか死体、血を見ること、断末魔、そういうものが苦手だ。毎度毎度戦闘の後は、吐き気とフラッシュバックに悩まされる。戦闘の前もそうだ。ある程度の覚悟と大義名分がないと、上手く戦闘に入れない。それで怪我をしたことも、何度かある。

 なんで軍人になったんだろう。昨日言ったことが蘇る。家族に金を送るためだ。それ以外にない。貧乏人から金をむしり取るのが嫌いで、革命政府を支持して、軍に入るのが手っ取り早く金を稼ぐ手段だったから、軍に入った。それだけだ。死人が苦手かどうかなんて、戦場に出なければ分からない。

 前の戦場を思い出して吐き気がした。目を閉じて深呼吸する。ナイフの柄の感触を確認して目を開けた。ナギが心配した顔で見てくるので、大丈夫、と微笑んでみせた。

 車のブレーキがかかった。始まるな、と全員の顔に緊張が走る。パウラは改めてナイフの柄を握りなおした。この車の扉を開けた瞬間、戦闘が始まる。

 扉が開いた。

 先の隊が進んだことを見届けてから、まずケニーが車から走り出て敵の位置を伝える。


「南西200メートルに20人強。俺らの目標はあれやな」

「頭はどいつっぽい?先頭?」

「先頭かその右やろな、徽章の量も多い。風強いけど撃てるか?」

「余裕」


 ユキ、パウラ、ナギがその後に続く。パウラはナイフ二本を抜いて、ナギと共に敵陣に走りこんだ。

 ケニーのガバメントに肩を射抜かれた男の首をナギが叩っ斬ろうとしたが、大きな銃に刀を阻まれ、力任せに振り下ろす。袈裟懸けに斬ることは出来たが、確かに刃が欠けた感覚があり、ナギは顔をしかめた。面倒くせえな、少し呟いて、横にいた兵の左胸を突き刺した。返り血を浴びて服がひどく濡れて、鉄臭い全身に耐えかねてナギはシャツを脱ぎ捨てた。

 パウラは迫り来た大男の手から左手のナイフで銃を払って、右手のナイフを頸動脈に突き刺して、地面に蹴倒した。筋肉質な首からナイフを抜くのが手間である。やっと抜いたそのナイフを後ろに振りぬくと、そこに丁度もう一人、農夫上がりと思しき男がいて、脇腹から血を流して倒れた。耳元で囁かれた不快な言葉に苛立って、その男の死体を踏みつけた。体内の器官と血液がぬるりと動く感触が気持ち悪くて、パウラは俄かに後悔した。

 向かって左の方に駆け込んだケニーは、一発発砲したガバメントをベルトに引っ掛けると、手あたり次第敵と分かると殴り倒した。ガバメントという文明の利器がありながら使わないのは、そこまでのことではないと判断したからだ。ほとんど小さなナイフしか持っていない。銃弾にも限りがあるのだ。そこで起きてくる奴にだけ鉛玉をお見舞いすればいい。一人起きてきたので、ケニーはその腹部を撃ち抜いた。

 ユキはあまり深くまで戦闘に入らなかった。徽章の多い奴から撃っていく。頭を狙って撃つと、大抵頭に当たるので苦労はない。銃は飛び道具だから、そんなに近づく理由はない、というのがユキの持論だ。一番徽章の多い男がユキに気づいて、その顔が青ざめた。


「お久しぶり、第一秘書さん」


 彼の頭から血と脳漿が舞い散るのを見て、ユキはその死体に近づき、首からドックタグを外した。これでわが隊は賞与間違いなしだ。

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