第3話 昏い部屋

 ナギが去った執務室で、スカーレットは一人、冷め切った紅茶を飲みこんだ。喉に鈍い苦みが張り付いて顔をしかめる。自分で紅茶を淹れるのには慣れない。砂糖の量も蒸らす時間もわからない。窓の外は嫌味なほど明るかった。

 スカーレットは部屋を出て地下に降りることにした。仕事が終わると、彼女は地下に向かうのである。昔からの習慣ではない。この一年ほどのことだった。

 地下の一番奥、静かなままの部屋の扉を開ける。自然光が細い窓から洩れる半地下の部屋のベッドに、スカーレットと同い年くらいの女性が眠っていた。無機質な医療器具の音が時折響いていた。

 彼女はノア・フライベルク。スカーレットの幼馴染である。

 あまりに穏やかな顔なので、今すぐ起き上がるのではないか、と、見るたびにスカーレットは思う。美しい黒髪が伸びていることに、辛うじて生命の動きを感じられた。

 紅茶を淹れるのも、お菓子を作るのも、彼女は好きだった。戦闘では人並みと言わざるを得なかったが、少なくとも戦いに身を置く上で彼女の存在は欠かせなかった。人を癒す天性の才能が、彼女にはあったのだ。

 そんな幼馴染が、スカーレットは大好きである。昔も、今も。

 まだ心臓は動いているから、いつ目を覚ますかわからない。そう思いながら、スカーレットは眠るノアの瞼を撫ぜる。


「お前さんは結局、毎日来るんだな」

「悪いみたいに言うじゃない。毎日会いたいんだもん」


 入ってきた男に静かに言い返す。彼は肩をすくめて笑い、近づいた。彼の名はポール・マリネール、スカーレットのチームの一人である。


「まだ死んでない」


 静かに脈をとり、それだけ言って離れ、出ていこうとするその男に、なんで今日は来る気になったの、とスカーレットは聞いた。今日はやけに晴れてたからね、と彼は言った。意味は分からない。そういうやつだ。


「毎日顔くらい見せなさいよ、ポールが来ればノアも嬉しいと思うけど」

「俺が毎日来たら不審がるだろうよ」


 違いない、と笑って、スカーレットはまたノアの顔を見つめた。血色もいい。今にも話し出しそうだ。


「ねえノア、新しい作戦をやることにしたよ。うまくやるから見ていて。もうすぐ勝てそうだよ、実権を握るまでには起きてきてね」


 そう言ってスカーレットはノアの手を握りしめた。まだ暖かいその手に安堵して立ち上がる。それから、枕もとの写真を見つめた。三人、スカーレットと、ノアと、もう一人、明るいピンクの髪の青年が写った写真。

 彼はもう亡くなっている。戦闘で死んだ。スカーレットは、左胸を撃ち抜かれた彼の姿を鮮烈に覚えている。

 敵陣に乗り込み、分け入りながらパイソンで敵を捉え、外すことは全くといっていいほどなかった、そんな男だった。戦友であり、大切な友人だった。どうしてあの時、彼が狙われ、死ななければならなかったか、そのようなことを考えても意味はない。頭ではわかっているが、受け入れるのは難しかった。

 スカーレットが戦うのは、ただ正義のためだけではない。友人と恋人の、復讐のためである。

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