第15話

「…いちお。まだ、半人前ですけど」


少し気まずくなって目を逸らしたのは、先日の荒神騒動を改めて思い出したから。


(プロなら、呪神と荒神ぐらいわかるよなぁ)


確かに、件の犬神に関しての情報を、情報源の兄は、荒神だなんて言ってなかったけど。


「すいません、大事な憑神様を。俺の判断ミスで…」


素直に詫びると、詰め襟は、それまでの不愉快な色をすっと顔に収めて、呟いた。


「憑渉ってのは、みんなあんたみたいなのばっかりなのか…」


「え、それは違うかと…」


それ、どういう意味、と問う間もなく、詰め襟はまじまじと俺の顔を見て、肩をすくめてみせた。


「家業を批判されたことは何度もあるが、俺の犬神の行いを咎められたのは、これが初めてだ」


あぁ、まあ、普通はしないよな。


「やっぱ、おかしいですか、俺」


「おかしいな」


即答ですか…。


「はは、どーも」


がっくり肩を落とす俺に、相手は、何も応えない。


「……えっと」


気まずく顔をあげて。

今度は俺が、眉をあげた。

(なんで?)


失笑してるように、見えた。

ほんの少し。


「でも俺は、嫌いじゃない」


(うそ)


もしや、「おかしい」俺は、意外な好感度に、あずかってたのだろうか?


ーっつか、こいつも十分変じゃね?ー


呆れたような勝呂の声には、確かに同感だけど。


(なんか、ちょい嬉しいかな)


思いの外、心は軽くなった、ような気がする。


「ただし」


との硬い声に、俺は我に返った。


「先代から受け継いでる家業だ。ごちゃごちゃ口を出されても、今更やめる気はない」


や、そりゃ当然ですわ。


「んや、そりゃ、わかってます」


俺はしっかり相手の瞳を見据えて頷いた。


「そうじゃなくて。俺はただ、知って欲しかったんです。あんたのことを慕ってる犬神は、あんたのためを思って一生懸命に任をこなしてるだけで、ほんとは、呪殺がよくないことだって、知らないだろうから……」


その憑神やアヤカシの純粋な信頼に、ちゃんと人間は応えるべきじゃないかって。

悪いことは悪いって、教えてあげる日が、いつか、きたらいいって。

ほんとは思ったけど。


「あんたの邪魔は、しないから。呪殺をする、しないとは別に…あんたのとこの憑神様、大事にしてあげてください」


言いたいことを呑み込んで、俺は一番大事なことを口にして、頭を下げた。

さっきより深く。


要はさ。

俺は、憑神が幸せならいいんだよ。


人より、法律より。

大事なのは、俺の正義だ。


ーさらちゃん!何でこんな奴に頭なんかっ!ー


ー新埜殿!ー


中で抗議の声は、聞こえたけど。

俺は頭は上げなかった。


(通じるんなら)


プライドなんていらない。


「…!」


と。


ぽん、と頭に手を置かれたような気がして、はっと顔をあげたら、


「出るぞ」


ぼそりと言った詰め襟が、席を立って、踵を返した。


(え、と…?これって…)



通じたんだろうか。

と、ぼんやりしていた俺に、


「香登司(かがとつかさ)」


くるりと振り返った詰め襟が、そう言った。


「え……?」


目をしばたいたら、詰め襟は、意味のわかってない俺を置いて、勝手に歩き出した。


「え、ちょ、まっ…」


慌てて伝票を持って後を追った俺は、そこでようやく気づいた。


(もしかして、名前っ…)


名乗る名はないといった、詰め襟男が、自ら教えてくれたその言葉の羅列を、純粋にキレイだな、と思った一瞬と。


「お、俺、く、久世、新埜!」


思わず、名乗った一瞬に。


ときめきやロマンスなんかあってたまるか、だけど…。去っていく背中は。


気のせいかな。


(怒っては、ない…ような…)


ま、わかるわけないし、もう会わないとは思うけど。


「…さぁて」


ぼんやりその後ろ姿を見送りながら、俺は思った。



(便所…行くかな)


……



つくづく緊張感ゼロの俺に、センチメンタルは無縁だ。

会計を済ませたその足で、俺はトイレに行くことにした。

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