第14話

「余計なお世話だ」


しかし、これに対し、詰め襟はそんな言葉を吐き捨てただけ。

しかし、この反応は至極当然だった。

俺だって、見ず知らずの他人から偉そうに意見されたらアタマにくるから(でもやってみたかった俺)。


「俺はあくまでも依頼者に頼まれてやっているだけだ。あんたの指図は受けない」


詰め襟男は、そう言葉を続けた。


(まぁ、そうだよね)


納得してしまったのは、そもそも論が、そこにあるから。

いまだに呪殺を頼む、どうしようもないヤツらがいなければ、こうはならないってこと。


(ま、それとこれとは別ですわ)


それでも俺は珍しく、引き下がらなかった。

モットーは、諦めが肝心、のこの俺が。


「確かに、俺が意見すんのはおかしいかもしれないけど。昔と今は違います。憑神様を呪殺に遣うのは、よくないと思います」


俺がここで、何より主張しておきたいのは、善人ぶって正義を振りかざすことではない。



「俺は呪殺なんかしたことないし、別にあんたのやってることにケチつけるつもりもない。はっきりいってめんどくさいし。俺が被害受けないなら誰が死のうと関係ないから」


さすがに、今度ばかりは、何か言おうとした詰め襟のその口が、ぽかんと開いた。


「ただし、憑神様は人間の私欲や恨み言のために存在するわけじゃないから。そんなくだらないことのために憑神様の力を利用しないでって、言いたかったんです」


黒い、深い瞳が、怒りにそぐわない光を宿したのはそのときだった。



×

×

ノアの憂鬱

第一章 少年の受難

「変な奴だな、お前…」


次に詰め襟の口をついて出たのは、ほんとにそのままのセリフ。

たぶんそれが、詰め襟なりの感想だった(さすがに、面と向かって変な奴宣言されたのはこれが初めてだった)。


ま、確かに人命よか憑神様の大事を語る奴なんて、そうはいないだろうけど。


「俺、基本、他人よか自分の都合のために生きたい人間なんで」


そう言ってのけるくらいに、俺は、世のため人のためなんて、きれいごとのために体は張りたくない主義だったりする。

だって、大事なものなんて本当に一握りだと俺は知ってるから。

夭逝してしまった母の代わりに、俺を守り、支えてくれたのは憑神様。

そんな憑神たちから学んだことは。


――まこと、人こそ哀しき。我らを捨てゆくは常に人であろう――


人と違って、憑神は裏切りとは無縁であるということ。

悪さこそすれ、彼らは常に自分に正直に生きてるだけで。

そんな彼らだからこそ、一度共にあろうと決めた者と共に寄り添ってくことは厭わないのだと、俺は知った。


――我らは、一度好いた人の子に寄り添っていきたいのだよ――


だからこそ憑神は、純粋に憑いた人間を守ろうとして、己が悪者と判じた人間を罰っしようとするのだ。

その極論が、病や死に繋がることはあっても、それは人間のような悪意に基づく感情とは、もっと別なものじゃないかと俺は思う。

だって、彼らの行いは、主に対する忠義の延長にあるのだから。

そんな憑神だからこそ。

ダメことはダメって人間が言っておけば、安易に誰かを殺めることはなくなると俺は思うんだ。

知らないからやってしまうなら、これから知っていけばいい。

それは人も憑神も同じじゃないだろうか。

なんて言ったら、ユダは笑っていた。


――ノアは性悪説派か――


どうだろう。

それはわからないけど、どんなものでも生きてる以上可能性は無限だと思う俺は、ある意味性悪説派なのかもしれない。

悪い行いなら正せるから。



(だからやっばり…)


俺は認められないんだ。

自分の言ってることがムチャクチャだってわかってても。


「すいません。そっちの事情あるのも、わかってないわけじゃないけど。でも、やっぱ、呪殺に憑神様を利用しないでほしいから」


そう言って、ぺこりと頭を下げた俺に、眉を上げた詰め襟男は、少し訝しむように首を傾げて、


「憑神、様?…あんた、呪師じゃないだろ…。ひょっとして、憑渉か…」


そう呟いた。

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