第10話

先日の晩。


それは丁度、荒神が出る、との情報を得た俺が、速やかに荒神の保護を図った日でもあった。


その荒神とは曰わく、主人のいない憑神のことである。

我々憑渉が「荒神」、と称する憑神様とは、主人に捨てられたり、居場所に迷ったりした、所謂野良神である。

荒神は、主人がいないその分、悪さを働いたり、人に害を及ぼしたりすることが多いため、憑渉としては、これを放っておくわけにはいかず。


やむなく、俺は「荒神狩り」を行うことにしたのだが。


(荒神じゃ、なかったんだよな、あれ…)


俺が大きな失敗をした、と知ることになったのは、家で目が覚めて、憑神の天慶に報告を受けてからのことだった。


(よりによって、…俺、あん時、勝呂に任せっぱだったんだよな…)


家を出て、目的地に渡ったそこから…また、家に帰るまで。

その時間中の記憶が。

俺にとってはひどく曖昧で、切れ切れにしか存在しない。

なぜなら、あの晩はほとんど、自分の体を憑神の勝呂に明け渡していたからだ。

そう。あの日のミッションをこなしていたのは、通常の俺ではなく、憑神様に憑かれた俺だったのだ。


これは、いわく、憑渉にのみ許される憑依術を使用した結果だ。


その憑依術とは、憑神様を自分の体に憑依させるか、他人に憑けるかのいずれか(無論、自分の体を憑神に任せた場合、我に返ったら、全身筋肉痛やら、傷だらけ、は覚悟しなければならない)である。

というわけで、おわかりだろうか。

先日の俺は、前者の憑依術に専心し、勝呂に体を委ねきっていたため、勝呂が俺に憑依していた間の記憶が、そっくりないのだ。


(気がついたら怪我したまんま家いたしな…)


あの晩のことは、目が覚めてから憑神衆に尋ねたが、得られた回答は、任の失敗でしかなかった。


――あれよぉ、荒神じゃなかったぜ―――


――どうやら犬神使いがおったらしい―――


――新埜殿の大事を優先いたしまして、やむなく一旦退いてまいった次第にございます―――


まぁ、子細はどうあれ、あの勝呂が大層落ち込んでいたし、フォローに回った天慶もうなだれていたところをみると、相当ヤバいヤマになりそうだったことは間違いなかったようだ。


(で)


と、改めてまじまじ相手の顔を見つめると、男は、無愛想なその表情のまま、眉をあげてみせた。


(これ、先日のそのヤバい人なわけでしょ?)


先日のお礼参りとばかりに、わざわざタイマンはりにきたのだろうか?


(…明日、何曜日だっけ)


俺は、ため息をついて、本日が金曜日であることに感謝した。


体に無茶させていいのは、翌日が休みの時に限る。

これは学生であれ、社会人であれ、当然の主張だ。


まさか、ここまでやってきたこの男に、「記憶がありませんから、また今度で」といって、素直に引き下がってくれるとは思えないんし。


(これは多少のおイタは、仕方ないよな…)


覚悟は、しなくては。

なんて、内心でうんざり、しながら。

俺はできるだけ平素と変わらぬ態度で、相手に向かって首を傾げてみせた。


「何ですか?」


まぁ、個人的には、できれば穏便に……。


ーっさぁら!こいつ、ぶっ殺す!ー


済ませたいのは山々なんですが。


ーさらちゃん、俺が出るわ!いてこましたる、このアホ!ー


ーその任、拙者がっー


中の奴らは、主人の俺を無視して、やたら血気盛ん。


「あんたさ。ちょっと、面貸してくんない」


ついでに、この目つき悪い男も、穏便に話し合い、とはいかなそうな予感がする。


(こりゃ一悶着ありそーだな…)


仕方ないよな、と諦めて、ため息を一つ。


「…わかった。じゃ、ユダ、先帰ってて。長くなりそうだから」


俺は、目つき悪いその男にそう応じると、成り行きを黙って見守っていたユダを振り仰いで、そう言った。


「ん、了解。ケンカすんなら停学手前でやめとけよ」


すると。

よくこの手のヤツに絡まれる俺に慣れているユダは、すぐに引き下がった。


「らじゃ」


さすがは我が理解者ユダ。


(感謝)


俺は、内心でユダを拝みながら、表面では例の男に顔を向けて口を開いていた。


「とりあえず、場所、移動しません?」


「……わかった」


対し、頷いた相手は、俺に応じてから、黙って歩き始めた。

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