第8話 受難に続く受難

「やぁ、ひでぇ目にあった…」


「はは、お疲れぇ」


その日の帰り、結局俺は、こってり後藤教諭にしぼられて帰途につくことと相成った。

どうやら、俺の額にチョークが命中したのは、後藤に指名されたにも関わらず、俺が中の憑神衆との馬鹿トークと回想に夢中で、返事すらしなかったのが原因らしい。

それを知らせようと俺を隣で呼んでいたのは、俺の悪友な幼なじみの、天草予羽(あまくさよはね)。

名前から想像がつこうが、ヤツは、厳格なキリスト教徒のお家に生まれた天草四郎の末裔だかなんだかで、教会の息子でもある。


「まぁ、とりあえず、後藤ちゃんも三十路過ぎてるし、きっと焦ってるんだよ。ピリピリして手が出んのは堪忍したげなよ」


の割に、何故か恐ろしくユルくてカルイ気がするのは俺だけか?(ついでに、そういう問題でもない気がするのは気のせいか)


「だからってチョークはねぇよ。見ろこれ。腫れてんじゃねぇか」


言いながら、俺は前髪を片手でかきあげて、予羽に赤くなった額を示してみせた。



「んー。見事ど真ん中、後藤ちゃん、ほんとチョーク投げは筋いぃよねぇ。」


予羽は感心したように俺の額を眺め、うんうんと頷いてみせたが。

これには殺意が芽生えたぜ、兄弟。


「や、感心するとこじゃねぇんだけど」


自称、最強のヒットマン、モテない後藤三十二歳。

その存在は、残念なことに女のハートにヒットはしないが、お得意のチョーク投げだけは、腕は確かだといえよう。

お陰様で、さっきまで俺は、延々保健室でもらった冷えピタを額に貼って授業を受けるはめになってしまった。


「え、そう?でも最近後藤ちゃん更にピリピリしてない?また女に棄てられたのかな」


予羽は呑気にそんな事を言い出した。


(て、おい…)


言葉を選べ、予羽よ。

こいつが教会の息子なんて絶対嘘だ。


「どっちのフォローにもなってねーんだよユダ。そもそもお前、もっと早くお前が俺を呼んでりゃ、こんなことにはなってなかったろ!?」


咎めるみたいに予羽を睨んだ俺に、予羽は口をとがらせた。


「うわ、それ責任転嫁じゃない?俺、ずっとノアのこと呼んでたんですけど?」


ご存知、ユダとはキリスト教における裏切り者。

「家がたまたま教会だっただけだって」なんてばちあたりな事を抜かし、女と酒と賭博が人生の楽しみ三大要素といわしめる幸福論を振りかざす男など、ユダで十分だと思う。

というわけで、これは俺なりに予羽を評した愛称だ。

そして、予羽、ことユダが呼ぶ「ノア」とは、まんま、西洋の伝説で謳われる方舟に他ならない。

前述した通り、ノアの方舟は、様々な生物を洪水から救ったナイスアイテムみたいなもので、あれ自体が一種、種の保存であり、生命の調整であり、世代の終わりであり、また再生だった。

六体もの憑神を抱える俺は、さながら、居場所に困る憑神様には、方舟そのものである、との、これはユダなりに俺を評した愛称なわけである。(いずれにしても、双方ろくな愛称ではないのは確かだ)

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