第3話 

と。


『新埜殿!』


屋根に着地するか否か、少年の目前に、ざっ、と銀色の風が滑り込んできた。


『っ!とぉ、…んだよ、天慶、お前、お役目は…』


眉をあげた少年は、だが、そこで口をつぐんだ。

いや、正確にそれは、自発的な沈黙ではなかった。

何か、カマイタチにも似た鋭い何かが、彼の頬を掠めたことを認識したためだ。


『ヤツに気づかれました、すぐに封じ目をっ』


獣がわめくその間、少年の頬からは、じわりと赤い筋が滲み、つぅと滑り落ちていく。


『!如何なされた、新埜殿?!』


それに気づいた銀の獣が、驚いたように問いかける声。

その声に重なるように、不意に内側から響いた怒声。


ーたわけが、退け!ー


『!!っ』


その一喝に同じタイミングで。

今度は、どん、と、凄まじい力の波が、少年の体をぶっ飛ばした!


『新埜殿!!』


少年の体は、屋根より宙へ。


『かは!』


ぶち当たった力そのものが、呼吸の全てを封じたような一瞬。

瞳孔の開いた瞳は、光を失うように、すぅと閉じた。



……


………


(なに…?)


宙を舞いながら。

再びうっすら開いたその瞳の色は、黒い、人の子のそれだった。


目覚めぐらぐら揺れる視界を伴って。

先ほどの異形めいた少年の意識は潜んだか。


「っ、ぅっ…」


今は状況のわからぬこの少年だが。

一つだけ確かに感じ取ったことは、何だか、とてつもなくまずい状態に陥ってしまったようだということだった。


ー勝呂よ!ー


その少年の内から、声がする。


(この声、オトラ、さん)


ぐんと後方に跳ばされながら、スローモーションのように、己の口から血が散っていく様を見た少年の意識は、再びここでブラックアウト。


ーしっかりせぇ勝呂よ!坊を何とするか!ー


意識を無くした少年の内側からは、更なる叱責が飛んだ。


『!!』


と。

そこで再び大きく開いた眼は、赤く、燃え上がっていた。


『わり、待たせたな』


宙を舞った少年の体は、鮮やかにくるりと反転した。

そのまま見事に着地をキメ彼は、ざぁっと数メートルも地を滑って止まった。

そんな少年の下に、一迅の風が舞い込む。


『新埜殿!!』


現れたのはあの銀色の獣。


『あやつ、荒神ではありませぬ呪神(のろわしん)です!』


早口にまくしたてていた獣は、次の瞬間、少年を背にしてざっと毛を逆立てた。


『何…?』


その先で、いつの間にか少年に対峙していた男は、


「うちのが、世話になったみたいだな」


とがった声で、静かにそう言った。


『…』


まだ軋む体のままに、赤い目の少年は無言で立ち上がった。

闇雲を割って差してきた月明かりが、男の姿と、少年の装束をより白く浮かび上がらせた、その夜。

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