第8話 マゼンダの城下町

震える両の手で拾い集めた宝石を捨てないと大人になれないなんて、不条理だと思わない?何故、人は無垢で純粋な光を簡単に捨てることができるのだろうか。


大人になれない私が、ダメなのだろうか。


……。


「城があったなら、街だってあってもいいよな」

「…たぶん…?」

「城下町でもいいなぁ」

「…お祭りとかある?」

「あるある!広場の真ん中に集まってみんなで輪になって踊るんだ」


朽ちた古城の時を戻す。

覆いかぶさっていた木々は若苗となり、赤に染まった屋根と土壁の家々が薔薇の花のように咲き乱れ、その姿は芸術作品のよう。

屋根に負けないほど紅い薔薇の花々は花壇に咲き誇り、生き生きとしたその街の大通りにはいつも人で溢れていた。

城下町の門から城へと続く一本道に並ぶ屋台の通り…。


「…コンロとかは、ない、もんね」

「いいや、俺の世界では遥か昔からコンロがあって、綿飴も置いてたんだ」

「りんごアメは?」

「月が二つある世界から来たんだよ?あるに決まってる」

「じゃあ、じゃあ、私、いちごアメもたべたい」

「フルーツならなんでも飴にできるよ」


真っ赤に彩られた大きな文字で「フルーツあめ」。

そう書かれた下に並ぶ色とりどりの果物たちは薄い透明のヴェールに包まれていた。夜が来てパッと色付いた街灯の光を浴びるそれは、ビー玉のように輝く。


甘ったるい匂いにつられてやって来た子供たちが欲しい欲しいと親にせがんだ。するとひとりの子供が銀貨を三つ片手に持ってやって来た。

少年は屋台の主にそれを渡すと彼は真っ赤に輝く林檎をひとつ少年に渡した。

笑顔で受け取った彼は透明の包みを剥がすと、大きな口を開けてパクリと噛り付く。パリパリパリ、飴の薄い膜が壊れる音……。


「おなかすいたぁ…」


思わず本音が溢れた。お腹いっぱい給食を食べなかったのが悔やまれる。


「給食は?ちゃんと食べたの?」


心の中を読み取ったような彼の質問。思わずギクリと肩を硬直させた。


「……食べた」

「嘘つくのが下手だなぁ。ちゃんと食べなきゃ」


困った顔をして笑う彼にへへっと無理矢理笑いで返した。

ここに早く来たかったから食べるのも最小限にした、なんて言ったら彼は呆れてしまうだろうか。ちゃんとしなさい、なんて母親みたいに怒るだろうか。


うまく返す言葉が見つからなくて少しだけ下を俯く。

嘘をつくのは得意だったはずなのに。


「……まあ、俺も給食食べたくないなぁーってときはあるよ」


そんな様子を見た彼は私と対を成すように空を見た。

やっぱり彼は私が予想している答えとは斜め45度越えて折れて曲がっている気がする。


「ほんと?」

「うん。お腹は空いてるけど、なんか食べたくないなぁ、早くここから出たいなぁってときはお腹痛いからって量を減らしてもらうんだ。それでパパッと食べて外出ちゃうわけ」

「同じだ」

「で、お腹すいたなぁって今頃思うの」

「同じだ…」


静かな風が木々を揺らした。

笑うように揺れる木の葉たちが光を隠してはまた照らし、また覆い隠す。地面に映る影模様を私はジッと見つめていた。城を覆い隠していた木々もこうだったのだろうか。


「……教室、うるさいもんな」


彼の言葉はとても小さかったけれど、心の奥にズシリと響く。

こんなことを言う人は、私の世界で初めてだったから。


「うん。とってもうるさくて、とっても苦手」


私は地面を彼は空を。

見ている方向は違ったけれど、浮かべている景色は同じだっただろう。ガヤガヤと騒めく子供たちがいっぱいの教室。ひとつひとつの音を楽しめたらいいのに、聞こえてくるのは誰かの陰口。その日いない者の欠点を無理矢理見つけては徹底的に叩く。


「私あの子きらい」「オレもきらい」「あの子ああだよね」「気持ち悪りぃ」


そうして言い合った次の日、学校にやって来た本人に対してこう言うのだ。


「私ね」「オレね」「あなたのこと」「君のこと」「好きだよ」


初めてその瞬間に立ち会ったとき、吐き気がして思わずトイレに駆け込んだのを覚えている。なんて気持ちの悪い世界だろうと気づいてしまったら最後、世界がぐにゃりと歪んでいくのだ。


嗚呼、きっと私も、私のいない場所でそう言われてるに違いない。


長所は短所だと先生は満面の笑みで皆に言っていた。

だけど、人の陰口を言い合うことをどの角度から見れば長所と捉えることができるのだろうか。短所以外の何物でもない。


だから私は人間が嫌いだ。とっても嫌いだ。大嫌いだ。


だけど、私も彼も人間だ。


「こうしてさ、距離をとって聞いてると普通に聞けるときがあるんだ」

「うん」


先生が誰かの名前を呼んで叩き起こす声。

教室中から溢れる笑い声。


どうやら五時間目の眠たい時間だからと本格的に寝た子がいたらしい。先生の注意を聞きながらゲラゲラと笑っている声たちは楽しそうに聞こえた。


「でも、教室に戻ってずっと聞いてると、不協和音の合奏聴いてるみたいに気持ち悪くてそこにずっと座ってるのが嫌になるんだ」

「わかるよ。私もそう」

「みんなはどうやってあそこにずっと座ってるんだろうね」

「わかんない」


一度呼吸を置く。教室から漏れる笑い声だけが響いてた。その様子を頭に浮かべながらもう一度息を吸って言葉を吐き出す。


「でも、わかりたくない、かも」


彼はその言葉に此方をチラリと見てまた空を見上げた。


「そうだね」


やがて静かになったその世界で、彼と私の呼吸音だけが音を奏でる。その音を聞くたびに息を吸うのが楽になっていくのを感じた。


彼と出会う昨日までのこと。

…正確に言えば三時間目の終わりまではひとりになるのが好きだった。ひとりの世界に浸りながらお気に入りの本を読んだり、地面に絵を描いたり、鼻歌を歌ってみたり。先生や管理作業員さんの目を掻い潜りながら学校の様々な場所を冒険して、私は自由だと感じることが一番心を落ち着かせた。


彼といるこの時間はそれらで得る安心感とは少し違う。

でも、今まで感じていた不安が晴れて行くように消えて行く。心音が穏やかな音を立てているのも感じた。

ひとりでは鬱陶しいと思う太陽の光も騒めく人々の声も静寂を保つようにただ存在しているだけ。それは無いに等しい。

もう耳を塞いでなにも聞こえないフリをする必要は無い。


「飴以外に屋台は必要?」

「うーん、バラがとってもすてきなところだから、お花の屋台があってもいいな」

「俺は肉が食べたいな!肉!」

「じゃあ、お肉屋さんでしょ、それから魚屋さん」

「野菜も食べないとね」

「それとアイスの屋台も欲しい」

「いいなそれ」


色とりどりに並んだ屋台は日本の境内に並ぶそれと全く同じだ。

大人が想像すればそれは異様な光景だったかもしれない。中世ヨーロッパの華やかな城に鮮やかな薔薇、そして並ぶ提灯と日本語で書かれた屋台たち。

でも、それは間違いではない。何故なら私たちの世界ではそれが正解だったから。

大人も子供も笑って過ごす祭りの中で、音楽が鳴り始めるとみんなが広場で手を繋ぐ。グルグルと回って踊ったり歌ったり、一日中騒いで夜中まで過ごして、朝日を迎えるのだ。


また、教室から溢れて来た子供たちの笑い声が頭のなかに浮かぶ光景と一致して映像のように動き出す。雑音に感じない人の声は初めてだ。


嗚呼、ジッとしてられない…!


「ねぇ、ちょっとだけおどらない?」

「手を繋いで?」

「うん。きっとバレないよ」


私は立ち上がって彼に手を差し伸べた。

彼はその手をジッと見つめるとくしゃりと笑って握り返す。


本来は男の人から手を差し伸べるべきだとマナー講師なんかは言うかもしれないけど、私たちの世界にそういったルールは存在しない。

日本の父母である伊弉諾神いざなぎ伊弉冉神いざなみと同じである必要はない。私達は神ではないのだから。


「えっと…シャルウィ、ダン、ス?」

「なんだっけそれ」

「…わかんない。前聞いた」

「英語、知らないんだよなぁ」

「…えっと」

「とりあえず、踊ろっか!」

「…うん!」


大声を出すことは許されなかったけれど、笑いながら両手を繋いで輪になった。グルグル回ったりスキップしたり、小さな声で歌ったり。

次第に輪もぐちゃぐちゃになって戯れあったりテレビで見た踊りを真似してみたり。


ただの裏校門前だって、どこかの城のバルコニーに変えることもできる。

私達はそのとき、星々の瞬きの下、広いバルコニーの真ん中で互いにドレスやタキシードを着て踊ってた。


彼は何色の服を着ていたのだろう。

私は薔薇のように紅いドレスを身に纏っていた。


風に踊った薔薇の花びらが白いバルコニーを彩って行く。

零れ落ちそうな星屑の瞬きの中に煌めく月白げっぱくの光。それがスポットライトのように此方を見てた。


バルコニーの向こうはきっと海。


寄せては返す波のが柔らかな潮風を運んではまた連れて行く。海の向こうに光が見えた。嗚呼、それは……。



キーンコーンカーンコーン



ちょうどいいタイミングで授業の終わりを鐘が告げた。

無邪気に踊っていた私たちもふと我に返ってお互いに手を離す。互いに視線を逸らしていると、彼が首の裏を掻いて笑った。


「楽しかった」


私は彼の方をチラリと見た。


「わたしも」


目を合わせて二人でへへ、っと笑う。

学校の授業が終わったよ、もう帰る時間だよ、鳴り止まぬチャイムの音がそう言っていたけれど、私はまた桜の木の前に座った。彼もまた私の隣に座る。

この地域の公園はとても狭く、ボール遊びは許されていない。

放課後、子供たちが校庭でドッヂボールなどをする場所を与えるべく夕方の五時まで校門は開いていた。


「ルーノはまだ、いる?」

「いるよ」

「五時まで?」

「ルーナが帰るまでかな」

「じゃあ、いっぱいいれるね」


また目を合わせて笑った。



ーーーー

⭐︎お知らせ

8話までのお話を再編集致しました。

誤字脱字やちょこちょこと文章が変わっていたりします。

大まかなお話の内容は変わっていませんので、気にならない方はスルーで構いません。また、今後もちょこちょこと見直して編集する可能性がありますが、話の流れは大きく変えないつもりですので、間違い探しの気分で見ていただけたらと思います。

いつも読んでいただいてありがとうございます。

今後もよろしくお願いします。

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