chapter.3 秋人の想い~ETERNAL SNOW

 もうあれこれ気にするのは止めにしよう。

 余計なことを考えないよう、オレはひたすら勉強した。

 修学旅行に文化祭、行事も思い切り楽しんでやった。

 そのお陰か内申も上がり、当初の予定よりだいぶ偏差値の高い高校を受験し、見事合格。

 そして、いろいろあった中学校生活も、残りわずかとなったある日──。




『都内には大雪注意報が出されており、夜遅くから明日あす朝にかけて、多摩地方で5センチ、23区でも……』


 22時を過ぎ退屈しのぎのTVを消すと、居間はしいんと静まり返った。

 明日あしたは日曜だから家族は泊まりで出かけており、家にいるのはオレ一人。

 あまりにも静か過ぎて様々な物音が気になってくるが、さっきまでどしゃ降りだった雨の音は聞こえてこない。

 台所だいどこへ目を向ければ、磨りガラスに映ったかきの枝がいつもより少し太くなり、大きなほこりのようなものがハラハラ落ちてくる影も見える。


 もう降ってきやがったのか?


 外の様子が気にかかり、トイレのついでに玄関へ向かう。

 三和土たたきにあったサンダルをつっかけ、白く曇った引き戸を開けたら、冷気がすーっと入ってきて、体がぶるりと震えた。

 それでも思い切って外へ出ると、しゃらしゃら音を立てながら、大粒の雪が降っている。

 だがそれより門の前に、人影を見つけ驚いた。

 誰だよ、こんな時間に。

 雪女か? なんて発想がすぐに出てくんのは、この辺が有名な雪女の話の舞台だからだろう。

 向こうもオレに気付いたようで、門を開け近付いてくる。

 玄関灯の黄色っぽい光の下、ひさしの手前で立ち止まったその人は、雪にまみれた傘を傾け、隠れていた顔を見せた。


「こんばんは」

「アキっ! なんで?」


 帽子とマフラーでいつもと感じは違うけど、そこにいるのは間違いなく西園さいおん秋人あきひとだ。


「これ、部屋片してたら出てきたから。ホントは、ポストに入れて帰るつもりだったけど」


 ぶっきらぼうに突き付けられたレジ袋を、素直に受け取り中を覗くと、緩衝かんしょうざいにくるまれたゲームソフトが見える。


「ああ、そういや貸してたっけ……」


 それを思い出すと同時に、貸したときの記憶も甦ってきた。


「そうだ、オレも借りてたんだ。返さねーと」

「いいよ別に。美冬にあげる。餞別せんべつに、ってのは逆か。あれは発つ方がもらうもんだ」

「は? たつ?」


 何いってんだかわからずに戸惑うオレが可笑おかしかったか、アキはわずかに口元をゆるめる。


「引っ越すんだ、うち。父さんが新しく家建てたから」

「えっ、いつ?」

明日あすの朝、業者さんが来ることになってる。それじゃあ、僕はこれで」

「ちょっ、待てよっ」


 思わず呼び止めてしまったが、今更何をいえというんだ。

 でもアキが引っ越して、もう会えなくなるんなら、最後にまた聞いてみようか。

 前は無視されたけど、今なら答えてくれるかもしれない。


「オレ、オマエに何かした?」

「……してない」

「じゃあ、なんで無視すんだよっ。雪野センパイがいってた。アキがオレのこと友達だと思ってねーって」

「雪野っ? あの腐れ外道、余計なこといいやがってっ」


 傘を持つ手を震わせ、端整な顔をしかめたアキは、そのままキッとオレをにらみ、「ああ、そうだよ」と肯定した。


「友達だなんて思ってない。だって僕、美冬のことが好きだから」

「はぁ?」


 嫌いじゃなくて、好き?


「いつからとかどうしてとか、そんなの覚えていないくらい、昔から美冬が好きだった。でもあの日、美冬に迫られたとき、そのままキスしそうになって、僕は自分が怖くなった。このままずっとそばにいたら、いつか誘惑に負け、とんでもないことを仕出かして、美冬を傷付けてしまうかもしれない。だから距離を置くことにしたんだ」


 せきを切ったような告白に、一瞬頭が真っ白になる。

 キスしそうにって、まさか……っ!


「──って、オマエ、カノジョいんだろ?」

「先輩は腐れ外……腐女子で、よくいえば僕の理解者だ。あの人、見た目だけはいいからスゴくモテるけど、そういうのいちいち面倒だから、付き合ってるフリをしろ、でないと美冬にバラすっておどされてた」

「マジで?」


 あの人、そんな人だったなんて……。


「とにかく彼女はどうでもよくて、僕が好きなのは美冬だけだっ。好きで好きでたまらないんだっ!」


 オレに向けられた、まっすぐな想い。

 それが本心だってのはわかる。

 わかるからこそ怖いと思った。

 友達だと思ってたアキが目でオレを見ていたことが、男から対象にされるってことが、怖くて怖くて怖くて怖くて──。


「キモチワルイ」


 アキから目をらし、吐き捨てるようにオレはいった。

 ヒドイこといってる自覚はある。

 でも、ダメなもんはダメなんだ。

 傷付いてるだろうアキの顔を真面まともに見ることが出来ず、うつむいたまま「ゴメン」と付け足す。


「……こっちこそゴメン。それじゃあ、美冬。サヨナラ」


 別れの言葉を残し、アキはきびすを返した。

 ブーツがびしゃっと水っぽい雪をね上げる。

 湿った足音が遠ざかり、静かに門が閉まっても、オレは凍り付いたようにしばらくその場を動けなかった。

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