chapter.2 雪の女王
季節が
視線は常に感じるが、目が合うとすぐに
あーもうホント、オレが何したっつーんだ、くそっ。
薄暗い昇降口で、叩き付けるように靴を下ろしたオレへ、「どうしたぁ、怖い顔して」と、佐藤が声をかけてきた。
「別にっ。夏休みの宿題、なんで読書感想文だけあるんだろうなって」
オレは適当に誤魔化す。
「いーじゃん、楽で」
「楽じゃねーよ。何読むか、考えんのすらめんどくせー」
「だったらアレにすれば? 『雪の女王』。どーせまだ読んでねーんだろ?」
「ねーけど、それ課題図書入ってねーじゃん」
「確かに。じゃ俺、部室寄ってくから、また新学期な」
佐藤と別れ校舎を出ると、真上にある太陽が、ギラギラ容赦なく照り付けてくる。
東京とは思えぬほど圧倒的に緑は多いが、
死ぬほど暑い。
山に湧き立つ入道雲が、雨を連れてこないだろうか。
夏
間違い探しをするようにぐるりと辺りを見回して、一番大きく違うのは、アキがそこにいないこと──。
建物に染み込んだ本のニオイが、ノスタルジックな気にさせるのを振り払い、オレは感想文用の本を探す。
指定されたものから薄いヤツを適当に選び、さっさと借りて帰ろうとしたら、偶然にも見つけてしまった。
アンデルセン童話集。
佐藤がいってた『雪の女王』もあるだろうか。
棚から抜き出しパラパラめくると、それはすぐに見つかった。
なるほど、確かに出だしは似ていると、いえなくもないかもしれない。
◇◆◇
あるところに、ゲルダという女の子とカイという男の子がいた。
ふたりはとても仲良しだったが、あるときカイの目と心臓に悪魔の鏡の
その後現れた雪の女王が、カイをどこかへ連れ去ってしまい、残されたゲルダはカイを探す旅に出る。
苦難の末、雪の女王の宮殿にたどり着いたゲルダは、カイを見つけて喜びの涙を流し、その涙がカイの心臓に刺さった鏡の欠片を溶かして、彼は元の優しい心を取り戻す。
◇◆◇
ざっと走り読みしたオレは、本を閉じて棚へ戻した。
面白そうとは思ったが、じっくり読む気にはならなかった。
もし、アキの目に入ったものが、物の見方が変わってしまう悪魔の鏡の欠片だったら、アキのカノジョの
だがこれは、おとぎ話なんかじゃなくて、アキがオレに飽きただけ。
泣いても何も変わらない。
それより今は早く帰ろう。
アキと会っても気まずいし──。
そう思い、急いで借りて帰る途中、オレはばったり出
アキに、ではなく、カノジョの雪野センパイに。
高校生になって、ますますキレイになったその人は、夏の暑さを感じさせない涼しげな
思わずぼーっと見入っていたら、さくらんぼ色の可憐な唇が動き、透き通った声とともに花のような笑みが
「こんにちは、
「えっ? 雪野センパイ、なんでオレの名前……」
「キミだってわたしの名前知ってるじゃない」
「そりゃ、有名だし」
「そう? わたしはアッキーに聞いたの」
「アッキー?」
「
「ああ……」
なるほどと思っていると、センパイはさらりと髪をかきあげ、黒目がちな目をすうっと細めた。
「美冬くん、ホントにカワイイわね」
言い方にトゲはないけどカチンとくる。
「男がそんなこといわれても嬉しくないですけど」
「あら、ごめんなさい。アッキーがいってたとおり、表情がくるくる変わって、可愛かったからつい」
「えっ、アキが?」
「そうよ。キミのことカワイイって」
「なんだよ、それっ」
冗談にしても笑えねぇ。
「ねぇ、キミはアッキーのことどう思ってるの?」
「どうって、昔は友達だったけど、今はただのクラスメートですよ」
少なくとも、カワイイとか思ったことなど一度もない。
「ふーん。でも彼はキミのこと、昔っからオトモダチとは思ってなかったみたいよ」
「えっ?」
「仲
「ウソだろ……」
アキがそんなこというハズない。
でも、だったら彼女がウソ吐いてるっていうのか? なんのために?
「ウソじゃないわよ。疑うなら直接聞いてみたら? じゃあね、美冬くん。お話出来て、嬉しかったわ」
センパイが去り、その残り香が溶けて消えても、彼女のいったアキの言葉は、根雪のように残り続けた。
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