雪を溶く熱

一視信乃

chapter.1 美冬と秋人

 幼なじみのアキ──西園さいおん秋人あきひとの様子がおかしくなったのは、中1の秋だった。アキだけに、というシャレではない。

 澄み切った高い空と、色付き始めた木々たちと、滔々とうとうと流れる多摩川の瀬音が心地いい公園で、いつものように遊んでいたら、突然強い風が吹き、アキの目に何かが入った。


「いてっ!」

「アキっ? どうかした?」

「なんか目にゴミが入った。スゲー、チクチクする」


 ゴシゴシと目元をこするアキの手を「擦んなって」と抑え付け、代わりにぐっと身を乗り出して、充血した目を覗き込む。


「んー、よく見えねーなぁ……」


 首を曲げ、さらに顔を寄せたとたん──ドンッと思い切り突き飛ばされた。

 とっさのことに、バランス崩して尻餅ついて、驚き見上げたアキの顔は、逆光になってよく見えない。


「あき……?」

「ゴメン、帰る」


 そう短くいい捨てて、走り去ってくアキの背を、ひとり置いてけぼりのオレは、ただ呆然と見送るばかり。


 そして、その翌日から、アキはオレを避けるようになった。

 けして目を合わそうとはせず、話しかけてもすぐ逃げる。

 他のヤツにはフツーなのに、オレにだけずっとそんな感じで、そのまま2年生になり、一緒だったクラスが替わると、同時に縁もふっつり切れた。

 長い付き合いだったのに、終わるときは呆気ない。


 2年になったアキは、うらやましいほど背が伸びて、イケメン度が上がったと、女子から騒がれる存在となった。

 さらには美人で有名な上級生・ゆきと付き合い出し、〈ああ、アキは本当に、オレの知らない遠いところへ行っちまったんだなぁ〉と、少し寂しく思ったものだ。


 今年3年になって、また同じクラスになったけど、なんかもう近寄り難くて、今現在にいたる。


「──というわけだ」

「なるほどねぇ。それで、くろと西園寺、最近一緒にいないのか。あんな仲良しだったのに……」


 オレの長い思い出話を、ずっと黙って聞いてたとうは、「それってなんか、『雪の女王』みたいだな」と、突拍子もない感想を述べた。


「は? アナ雪?」

「──の元になったアンデルセン童話。読んだことない?」

「ない」

「面白いから読んでみろよ。山賊の娘がスゲーいいから」


 自称・文学少年の佐藤は、小学校んときからの友人だが、中学では初めて同じクラスになったため、オレたちの様子を見て驚いたらしい。


「つーか俺、あんな怖い顔でにらまれて、マジびびったわ。西園寺って、どっちかっつうと、人当たりのいい優男って感じだろ」


 ついさっきまで、佐藤の席でお喋りしてたが、あとから登校してきたアキに、無言でギロリと睨まれた。

 アキと佐藤は席が前後してるから、オレが目障りだったんだろう。

 それでオレらは廊下へ出て、アキとのことを打ち明けたんだ。


「まあそうだけど、アキが睨んでたのはオレなんだし、そんな気にすんなって。それよか佐藤、進路どうする?」

「あー聞きたくない、その話っ。まだ考え中だよ。そういう黒羽は?」

「オレは別に、隣でいいや。電車通学とかマジめんどいし」


 うちの中学の隣にある高校は、お世辞にも賢いとはいえないというか、むしろ下から数えた方が早いというレベルだが、とにかく近いし、たいして勉強しなくても入れそうなところもいい。


「いいのかよ、そんなんで。西園寺はやっぱ国立くにたちとか行くのかな? それとも、ゆき先輩と同じとこ?」

「知らねーよ」


 アキなんて、どこへ行こうが知ったこっちゃねぇ。


 窓から見える、春の色とは裏腹に、オレの心は吹雪ふぶいていた。



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