第36話 私の願い

 目的の神社についた時には、もう夕暮れの赤い世界だった。

 小さな森の木々が雨に濡れて、神秘的な輝きを帯びている。

 霊的な場所だと感じた。

 この神社で間違いない。



 両親と一緒に遊園地に向かっていた。

 ほとんど無理矢理だったように思う。いつまでも、沈んでいる私を見かねてのことだ。

 親なりに心配してくれていたのだろう。

 車の窓から外を見ていた。

 森と鳥居が見えた。だから、神社だとわかった。

 あそこに行きたいと駄々をこねた。神社とは、神様にお願いをするところだという知識はあったようだ。両親は仕方なくといった感じで、ちょっと寄るつもりで、車を回してくれたのだ。

 私には願い事があった。そして、その願い事を神様に頼んでいた。

 必死に、長いこと、飽きもせず……。

 両親が引こうとした手を振り切る。立っているのが辛くなったら、しゃがみ込む。それでも神様にお願いをし続けた。

 結局、遊園地には、行かなかった。



 小さな神社だ。

 神主が常駐するようなものでもなく、遠くから参拝客が来るようなこともない。地元住民のための古い神社だ。

 鳥居を抜け、石畳みを歩く。


「つまり、ユウさんは引っ越していった里山の幼馴染ということなのか?」

「そうだと思う。この指輪はあの子にもらったもの。引っ越す前に、友情の証として」


 思い出していた。

 確かに、あの子が私にくれたものだ。そういう映像が、頭に浮かぶ。顔はぼやけて、はっきりとはわからないが、間違いない。

 ユウちゃんは、あの子だ。そうとしか考えられない。

 ユウちゃんは私を選んで、現れたのだ。私に会いに来てくれた。

 そうでなければ、指輪に憑いたりしない。

 本人に自覚がなかったとしても。

 胸の指輪に手を当てる。今さらながら、あの時の気持ちがよみがえるようだ。

 大切な友達だった。

 幼稚園の行き帰り、夕暮れの公園、遠足のお花畑、四つ葉のクローバーを探した川原……思い出してきた。いつも一緒にいた光景が脳裏に浮かぶ。



 森に入り、濡れた石階段に足をかけると、空気が変わったような気がした。

 シーンという音が聞こえてきそうなほどの静けさ。肌を刺す冷気。霧がかった空間。

 歩を進める。

 私と真島くんの足が階段に擦れる音だけが響く。

 なぜ、忘れていたのだろうか?

 なぜ、気付かなかった?

 自分の駄目さが嫌になる。


「その子の名前は? 覚えてないのか?」

「ここに来れば、思い出せるかと思ったんだけど……」


 私は、ここで神様にお願いをした。

 そこまでは思い出した。だが、名前までは思い出せない。

 石階段が終わり、本殿に着く。

 賽銭箱だけが真新しい。最近、変えたのだろうか?

 だが、他は当時のままのはずだ。木造の建物は、年代を感じさせるほどにくすんだ色をしている。

 あまり記憶にないが、ここで合っているだろう。

 何か気配を感じて、上を見た。屋根の上で、一羽のカラスが大きく羽を広げて、閉じた。

 やっぱりここだ。

 あのカラスは私が公園で助けたカラスだ。

 そうでしょ?

 まるで返事をするように、カラスが「クワ~」と鳴く。

 そうだ。ここの神様だ。

 図書館で見た夢の中の神様、せっかちで人の話を聞かない神様は、この神社の神様だ。

 あの時言ったのだ。「願いは叶えた」と。

 そして、私は確かにここで、願い事をした。


「……ちゃんともう一度、会えますように。また、友達になれますように」

「え? 里山?」


 ああ、思い出した。

 私の幼馴染で、親友の女の子の顔。

 会いたくて会いたくて、たまらなかった女の子の笑顔、泣き顔、怒った顔……。


「……ひなちゃんともう一度……」


 そうだ。ひなちゃんだ。


「思い出したのか?」

「……思い出した」


 涙がこぼれた。

 胸の中でつかえていたものが、すっきりと流れた感じ。安堵感。

 つながった。

 ひなちゃん、指輪、神様、願い……。

 その全てがつながった。

 私はひなちゃんに会いたいと願い、神様はその願いを叶えてくれた。そういうことだった。

 あの時は、変な神様だと思っていたが、数年前の私の願いを聞き入れてくれた。

 ユウちゃんとはこの夏に出会ったわけじゃなかった。

 もう、ずっと前から、私たちは友達だった。

 あの時の別れが辛すぎて、私は友達を作ろうとしなかったのかもしれない。

 友達を作ることが怖かった。でも、ひなちゃんのおかげで、また友達がいるうれしさを知った。

 もう、間違わない。逃げない。

 それに、まだ、終わっていない。

 私にはまだするべきことがある。

 私と別れた後の友達の人生が知りたい。友達とは、相手のことを理解したいと思うもの。

 私はひなちゃんのことをもっと知りたい。

 なぜ、幽霊になったのか? 幽霊になってまでこの世にとどまりたかった想いは、何なのか?

 私は知りたい。知らなければならない。

 それが、ひなちゃんのためにできること……私のためになることだ。

 ひなちゃんは生まれ変わりたいと言った。そして、「私を探して」と言った。

 生まれ変わるまで待ってはいられない。

 ひなちゃんを探さなければ、たとえそれが辛く悲しいものだったとしても、私にはひなちゃんの人生を見つめる必要がある。

 まだ、私たちの物語は、終わっていないのだから。







 帰り道は、もうすっかり暗くなっていた。

 あれだけあった雲も、流れて行ったようで、星がきれいに輝いている。

 暗い道のりでも不安はなかった。

 真島くんがいるせいかもしれない。でも、迷いがなくなったせいでもあるだろう。

 前を歩く真島くんに追いつき、手を握る。

 なんとなく、そうしたいと思った。彼も、やさしく微笑んで、握り返してくれた。

 ひなちゃん、待っててね。

 必ず、ひなちゃんを見つけるから。

 どんなことがあっても、受け止めるから。

 私は、ひなちゃんの笑顔を思い出し、そう決意したのだった。

 

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